2026年07月08日
【映画評】ヴィヴァルディと私
イントロダクション
ヴァイオリン協奏曲「四季」の作曲家として広く知られるアントニオ・ヴィヴァルディは、 バロック時代を代表する作曲家の一人でありながら、その作品は200年にわたり忘れ去られていました。
20世紀初頭、偶然発見された大量の自筆譜によって、ヴィヴァルディへの関心は高まり、 その才能は世界中で再評価されたのです。
幼少期から名手として有名だった父からヴァイオリンを学んでいたヴィヴァルディは25歳で司祭になるが、ソナタ集などを出版し、音楽家としての道を歩んでいました。
同年、ピエタ院のヴァイオリン教師に任命され、少女たちに音楽を教え始めると、その演奏は輝き、世界最高のオーケストラと賞され、ヨーロッパ各地の貴族や知識人たちを魅了していったのです。
そして、ピエタ院で奉職中、彼の代表作となる「四季」やオラトリオ「勝利のユディータ」が誕生しました。
本作はピエタ院で孤独に生きる一人の少女チェチリアが、ヴィヴァルディの指導のもと、 ヴァイオリンの才能を開花させ成長していく姿と、己の才能が評価されることを渇望する音楽家ヴィヴァルディの内なる野望を描く、音楽に情熱を捧げ、未来の希望を切り開こうとする師と愛弟子の物語です。
監督は、オペラ演出家として世界中に名を馳せ、ローレンス・オリヴィエ賞受賞歴を持つダミアーノ・ミキエレット。彼が大切にする二つのテーマ ー 音楽と第二の故郷・ヴェネツィア ー を題材にするティツィアーノ・スカルパの小説「ヴィヴァルディと私」(河出書房新社刊 発行時「スターバト・マーテル」)を原作に、ヴィヴァルディがピエタ院で才能を開花させた少女の知られざる物語を映画化しました。
撮影はヴェネツィアとローマで行われ、現存していないピエタ院の内部シーンはローマ北東部のヴィコヴァーロにある教会で、また、デンマーク国王への室内コンサートは貴族の宮殿として建てられた豪華な屋敷で撮影が行われ、18世紀のヴェネツィアに存在した世界を見事に描き出しています。
チェチリアを演じるのはTVシリーズ「The Art of Joy」で主役を演じ、イタリアのアカデミー賞と称されるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で最優秀主演女優賞と新人賞を受賞した、イタリア映画界で最も活躍が期待される女優、テクラ・インソリア。教え子の才能に嫉妬するも、彼女を応援するアントニオ・ヴィヴァルディには、TVドラマ「ヤング・モンタルバーノ」シリーズで国民的人気を博し、映画のみならず舞台でも活躍する実力派俳優、ミケーレ・リオンディーノ。
母親を待ち焦がれる孤児の少女・チェチリアが、師であるヴィヴァルディが一目置くほどの技術と表現を手に入れることができるようになった師弟愛あふれる映画が、この初夏、日本で公開となります。
ストーリー
1716年、ヴェネツィアのピエタ院。赤ちゃんポストに置き去りにされたチェチリアは、 母の姿も愛情も知らずにこの院で育ち、毎晩こっそりベッドから抜け出してはろうそくの灯りで、 宛名のない母への手紙を綴っていた。院から出て外の世界で暮らすには、母親が迎えに来るか、貴族に見いだされ結婚するかしかなかった。結婚も貴族から院への寄付が前提で、持ちつもたれつの関係であった。
そんな中、ピエタ院にアントニオ・ヴィヴァルディがヴァイオリン教師として赴任すると、 卓越したヴァイオリンの技術を持つチェチリアを見出し、第一ヴァイオリンのリーダーに任命する。ヴィヴァルディからの厳しい練習に耐え、ヴァイオリンの腕があがっていくチェチリア。いつしか二人は心を通わせるようになる。そんな折、ピエタ院が決めたチェチリアの結婚相手である将校がトルコとの戦争から戻り、結婚が迫ったある日、事件が起こる……。
プロダクションノート
ダミアーノ・ミキエレット
初長編映画『ヴィヴァルディと私』を制作する中で、私の表現世界は音楽と切り離せないことは、すぐに明らかになりました。音楽が持つ物語と感情の力は、20年にわたるオペラ演出家として私の作品に注ぎ込まれてきた。この意味で、本作の原作となったティツィアーノ・スカルパの小説「ヴィヴァルディと私」は、私が大切に思うテーマの多くを凝縮していた。中でも特に二つのテーマがある。一つは、存在を生み出し、破壊する力を持つ音楽。もう一つは、私の第二の故郷であるヴェネツィアが舞台であることだ。そのユニークな歴史は物語の軸となり、主人公たちが抱える感情の理由でもある。この映画は長い冬を経て春に巡り会い、再び目覚める二つの魂の物語である。一人は自らのアイデンティティを求める孤児で、才能ある若きヴァイオリニスト、チェチリア。そしてもう一人はアントニオ・ヴィヴァルディ――創造の狂気に駆られながらも、自らの才能が認められることへの絶え間ない渇望に蝕まれる男だ。チェチリアはずっと、ヴェネツィアのピエタ院で育ってきた。彼女は誰が自分を生んだのかさえも、自分の過去についても何も知らない。それでも、胸を締めつけるような手紙を母親であろう女性に向けて書き続けており、いつかその女性が現れて自分を迎えに来てくれるという希望を胸に抱いている。この苦しみはチェチリアを引き裂き、未来を見通すことを妨げている。
チェチリアと若い仲間たちの心の中には、抑圧された爆発寸前の情熱と欲望が潜み、ヴェネツィアの貴族たちに演奏する教会の格子越しに垣間見るだけの未知の世界に激しい好奇心を抱いている。ピエタ院にヴァイオリン教師として赴任したアントニオ・ヴィヴァルディは、病を患う孤独な男であり、才能を認められることを求める音楽家だった。内に秘めた奔放で圧倒的な想像力は、かつて聴いたことのないエモーショナルで、メランコリックな胸を打つ音楽を生み出した。それは、心振るわす狂おしく切ない音楽だ。やがてヴィヴァルディの色彩はピエタ院の教え子たちを魅了し、チェチリアの非凡な才能を開花させる。それは過去の痛みから解放し、音楽やヴァイオリンにとどまらず、さらに続く新たな道へと導いていくものだ。イマジネーションを形にし、音楽を奏でることで名声がもたらされる――これこそヴィヴァルディが追い求めたものだったが、チェチリアには違っていた。音楽を通して世界を想像するだけでは満足できなかった。彼女は、世界と自分を隔てる壁の向こうに自由を求めたのだ。
アントニオ・ヴィヴァルディ
1678年3月4日-1741年7月28日
アントニオ・ヴィヴァルディは、同時代のバッハやヘンデルと並び、バロック時代を代表する最も重要な作曲家の一人である。ただ18世紀前半に名声を極めたものの、没後ほぼ200年にわたり忘れ去られてしまう。19世紀のバッハ復活の余波を受け、存在が一部に知られたが、20世紀初頭に大量の自筆譜がトリノ大学図書館に寄贈されるや、この非凡な作曲家への関心が再び呼び覚まされた。ピエタ院には1703年以来ヴァイオリン教師兼作曲家として断続的に奉職。代表作「四季」やオラトリオ「勝利のユディータ」が誕生した。
よくよく読み返すと「四季誕生秘話」なんてどこにも書いていない。当方の勝手な勘違い。とはいえ子供達とチェチリアが遊ぶシーンで「春」のフレーズ弾いていたよね?その辺からインスパイア受けたみたいな脚本が端々にあったと思われ(ヴィヴァルディがチェチリアへあの曲を演奏してくれとお願いしたら子供向けの遊びでしたからとか)。
ヴィヴァルディが没後200年近く無名だったというのも知りませんでしたが、それよりも新鮮というか謎だったのが当時のイタリアの風俗や風習。名家の御子息が捨て子に持参金積んで結婚するの?母子を証明する割符も初めて見た(紐って何だったんだろう?)。バルコニーからの演奏やマスクで顔を隠す理由は婚姻の為?処女膜検査の精度は何パーだったんだろう?文無し宿無し戸籍なしのチェチリア(英語読みならセシリアですね)は当時の常識に照らすとどういうヴェネツィアでの日々が待ち構えているのだろう?臨終の場で演奏し遺産全額寄付とかも初めて知った。本作の背景解説オーディオコメンタリー版があれば教養作品として数倍楽しめそう。
無い物ねだりするならばやはり「四季」制作シーンが見たかった。
満足度(5点満点)
☆☆☆☆
【参考リンク】
【解説】映画『ヴィヴァルディと私』をもっと愉しむために―ピエタに生きた女性たちの世界|MUROMACHI Sayaka
ヴィヴァルディ 掲示板 CD・演奏会








