2025年01月20日
【映画評】敵

ストーリー
渡辺儀助、77歳。大学を辞して10年、フランス近代演劇史を専門とする元大学教授。20年前に妻・信子に先立たれ、都内の山の手にある実家の古民家で一人慎ましく暮らしている。講演や執筆で僅かな収入を得ながら、預貯金が後何年持つか、すなわち自身が後何年生きられるかを計算しながら、来るべき日に向かって日常は完璧に平和に過ぎていく。収入に見合わない長生きをするよりも、終わりを知ることで、生活にハリが出ると考えている。
毎日の料理を自分でつくり、晩酌を楽しむ。朝起きる時間、食事の内容、食材の買い出し、使う食器、お金の使い方、書斎に並ぶ書籍、文房具一つに至るまでこだわり、丹念に扱う。
麺類を好み、そばを好んで食す。たまに辛い冷麺を作り、お腹を壊して病院で辛く恥ずかしい思いもする。食後には豆を挽いて珈琲を飲む。食間に飲むことは稀である。使い切ることもできない量の贈答品の石鹸をトランクに溜め込み、物置に放置している。
親族や友人たちとは疎遠になったが、元教え子の椛島は儀助の家に来て傷んだ箇所の修理なども手伝ってくれるし、時に同じく元教え子の鷹司靖子を招いてディナーを振る舞う。後輩が教えてくれたバー「夜間飛行」でデザイナーの湯島と酒を飲む。そこで出会ったフランス文学を専攻する大学生・菅井歩美に会うためでもある。
できるだけ健康でいるために食生活にこだわりを持ち、異性の前では傷つくことのないようになるだけ格好つけて振る舞い、密かな欲望を抱きつつも自制し、亡き妻を想い、人に迷惑をかけずに死ぬことへの考えを巡らせる。 遺言書も書いてある。もうやり残したことはない。
だがそんなある日、パソコンの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。
いつしかひとり言が増えた儀助の徹底した丁寧な暮らしにヒビが入り、意識が白濁し始める。やがて夢の中にも妻が頻繁に登場するようになり、日々の暮らしが夢なのか現実なのか分からなくなってくる。
「敵」とは何なのか。逃げるべきなのか。逃げることはできるのか。
自問しつつ、次第に儀助が誘われていく先にあったものは――。
前半は「【映画評】PERFECT DAYS:Birth of Blues」、後半は「【映画評】雨の中の慾情:Birth of Blues」みたいな流れと言っても過言でなし。どこまでがリアルでどこからが虚構なのか最初は気になりましたが、そのうちどうでも良くなり作品にどっぷり浸れます。
長塚京三演じる老人の見栄張りと性欲動、瀧内公美の妖艶さ、河合優実のいかがわしさ、長塚京三を支えるW松尾、極上のキャスティングです。奥さん役が黒沢あすかだったのはエンドロールで知りました。久々に見たらだいぶ変わったねぇ。ご苦労されていることでしょう。
最後のコンマ以下のワンショットとか小洒落た欧州系映画の趣き。吉田大八の作品を見た事自体、「【映画評】美しい星:Birth of Blues」以来の約7年振りではありますが、あの「【映画評】桐島、部活やめるってよ:Birth of Blues」の吉田大八がアリ・アスターみたいな作品が描けるようになるとは、実にいい作品が鑑賞できました。
瀧内公美推し的には2月に出演作が2つ(しかも公開日も一緒)、3月に1作品と公開が控え盆と正月が一緒に来たような様相でありますが、綾瀬はるかや広瀬すずと違いなんでこの人の出演作にハズレが少ないのだろう?そういう意味では広瀬すず主演、瀧内公美助演の映画「ゆきてかへらぬ」はどちらの側に転ぶのか、興味津々であります。
満足度(5点満点)
☆☆☆☆