2020年04月08日

【映画評】ジュディ 虹の彼方に

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上のアマゾンアフィ作品タイトルが間違っているよ。
×オズの魔法使い
○オズの魔法使

この作品観るタイミングを逸していまして近場の映画館は続々上映終了となった折、結果的には非常事態宣言直前の先週末、福岡の場末の映画館の座席予約画面を上映直前のタイミングで確認したら観客ゼロだったので貸し切り鑑賞。その後無事、当該映画館は休館になりました。まさにギリギリセーフ後藤。当地の非常事態宣言から今後は当面各映画館で新作鑑賞出来そうにないので、ジオブロックVPN刺して海外サブスクリプション活用し様々な新作映画を観る予定です。



映画『ジュディ 虹の彼方に』公式サイト

イントロダクション
2019年9月10日、第44回トロント国際映画祭の上映会場は、主演女優が感激の涙を流しながら、「OK、もうやめて!」と止めるまで、熱烈なスタンディングオベーションが続くという異例の興奮に包まれていた。さらに、その映画が9月27日からアメリカで限定公開されるや、上映館数がひとケタ多い作品群と肩を並べ、全米ランキングでベスト10入りを果たすというヒットを達成した。こうして、たちまち本年度の賞レースの大本命に躍り出たのが、伝説のミュージカル女優ジュディ・ガーランドが、何があっても最後までステージに魂を捧げ続けた日々を描いた『ジュディ 虹の彼方に』である。

1939年、ハリウッド黄金期を象徴する映画『オズの魔法使』の主人公ドロシー役に大抜擢されたジュディは、17歳にして一躍スターダムを駆け上がる。だが、華麗なるキャリアのスタートは、波乱万丈の人生の幕開けでもあった。まだ幼い頃から、スレンダーな体形をキープし、何時間も眠らずに働けるようにと、映画スタジオから薬漬けにされていたジュディは、彼女を支配下に置くための様々なハラスメントも受けていた。

その結果、不朽の名作『スタア誕生』で1955年にアカデミー賞R主演女優賞にノミネートされるなどの栄光と、不眠症や不安神経症に悩まされ入退院を繰り返すという闇を、幾度となく往復していたのだ。

そんなジュディが、47歳の若さで亡くなる半年前、1968年の冬に行われたロンドン公演の日々が今、明かされる。まるで命を燃やし尽くすようだったと証言される、ミュージカル史上最高峰の女優の最後のショーの全貌とは? 人の心にまっすぐに届く歌声とエモーショナルなパフォーマンスで、欧米を中心に数多くのファンから愛され続けているジュディが、没後50周年を迎えて、いよいよ日本にも熱い旋風を巻き起こす!

かつてはミュージカル映画の大スターとしてハリウッドに君臨していたジュディ・ガーランドが、窮地に立たされていた。1968年、度重なる遅刻や無断欠勤のせいで映画出演のオファーも途絶え、今では巡業ショーで生計を立てているのだが、住む家もなく借金は膨らむばかり。まだ幼い娘と息子をやむなく元夫に預けたジュディは、ロンドンのクラブに出演するために独り旅立つ。英国での人気は今も健在だったが、いざ初日を迎えると、プレッシャーから「歌えない」と逃げ出そうとするジュディ。だが、一歩ステージに上がると、たちまち一流エンタテイナーと化して観客を魅了する。ショーは大盛況でメディアの評判も上々で、新しい恋とも巡り会い、明るい未来に心躍るジュディ。だが、子供たちの心が離れていく恐れと、全存在を歌に込める疲労から追い詰められ、ついには舞台でも失態を犯してしまう──。

厳しいレッスンの末、全曲を自ら歌いあげてジュディ役に持てる全才能を注ぎ込んだのは、『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズで女性からの絶大な支持を獲得し、『コールド マウンテン』でアカデミー賞Rを受賞したレネー・ゼルウィガー。ワガママでお騒がせな存在だが、孤独を抱えた愛すべき女性でもあり、スポットライトの下では圧倒的なカリスマ性を放つジュディの魂を確実に自分のものとした。どんなスターでも演技派でも30〜40代になると、演じる役がなくなってしまうのが、ハリウッド女優の悩みだ。レネーはその困難を乗り越えて、ジュディと同じ年齢で最高の当たり役を獲得し、早くもオスカーの大本命との声が高まっている。

ジュディの新しい恋人ミッキーには『ラ・ラ・ランド』のフィン・ウィットロック、元夫のシドには『ヘラクレス』のルーファス・シーウェル、世話係のロザリンにはリドリー・スコット製作総指揮のTVシリーズ「TABOO」のジェシー・バックリー。ロンドンのクラブのオーナーには、『ハリー・ポッター』シリーズの名優マイケル・ガンボンなど、多彩な演技派が顔をそろえた。

原作はウエストエンドとブロードウェイでも大好評を博した、ピーター・キルター原作の舞台「End Of The Rainbow」。監督は、ブラッド・ピット製作総指揮の『トゥルー・ストーリー』で評価されたルパート・グールド。

ジュディが見てきた希望と絶望、全身で味わった歓喜と痛み、そのすべてが聴く者の心の奥深くに届く最後の「オーバー・ザ・レインボー/虹の彼方に」。その歌詞の本当の意味に打ちのめされ、客席との間に生まれた奇跡に慟哭する、感動の実話。

ジュディ・ガーランド(1922〜69)
20世紀を代表する天才エンタテイナー。
『オズの魔法使』(39年)の少女ドロシー役でブレイクし、17歳にしてスターの仲間入りを果たす。
他の追随を許さない圧倒的な演技力と歌声で、ハリウッド黄金期を代表するトップスターとして頂点を極める。しかし一方で、少女時代から受けていた映画スタジオによる薬物コントロールが原因で不眠や神経症に悩まされたり、5人の男性と結婚と離婚を繰り返すなど、波乱に満ちた生涯を送る。1969年、薬物の過剰摂取により、47歳で急逝。『オズの魔法使』で彼女が歌い、スタンダードとなった名曲〈オーバー・ザ・レインボー / 虹の彼方に〉は、終生のテーマソングとなった。アメリカやイギリスでは今なお絶大な支持を集め、CDやDVD、伝記本が頻繁に発売されている。



上野樹里がいつ見ても「のだめ」のように、いつ見てもブリジットジョーンズの印象しかないレネー・ゼルウィガーがクソ生意気な和田アキ子みたいで面白い。とはいえ世代的にジュディ・ガーランドには思い入れなく、顔見せ程度のちょい役だったライザ・ミネリの作品を俄然見たくなりましたが、ググったけどアマプラもネトフリも「ニューヨーク・ニューヨーク 」がない!「キャバレー」もない!ふざけんな。







ということで貸し切りで鑑賞しいい体験が出来ました。
もぎりのお姉さんとお話しましたが、シネコンながらネットで予約が入るのは全作品合算で一日で数名だって。みんな大変だ。

満足度(5点満点)
☆☆☆



Posted by kingcurtis 固定リンクComments(1)映画 
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コメント
オズの魔法使いの上映年は、ナチスドイツのポーランド侵攻の年なんですね、知らなかったー
てか少女時代から薬漬けとかハリウッド恐ろしす
まるで大日本帝国軍特攻隊員じゃないですか、、、


でもいいなあ、貸し切り鑑賞、気分いいだろうなあ^^
Posted by 名も無き友愛伝道師 at 2020年04月08日 12:26
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