2019年05月29日

【映画評】僕たちは希望という名の列車に乗った

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ベルリンの壁建設前の東ドイツで起こった実話だそうです。
身も蓋もない事を申し上げますと、権力者が替わる度に教科書を書き直す全体主義国家韓国、北朝鮮、中国の学園生活では今尚、現在進行系の光景なんでしょうけど。
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映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」

イントロダクション&ストーリー
すべては、たった2分間の黙祷から始まった―― なぜ18歳の若者たちは国家を敵に回してしまったのか?ベルリンの壁建設の5年前に旧東ドイツで起こった衝撃と感動の実話
1956年、東ドイツの高校に通うテオとクルトは、列車に乗って訪れた西ベルリンの映画館でハンガリーの民衆蜂起を伝えるニュース映像を目の当たりにする。クラスの中心的な存在であるふたりは、級友たちに呼びかけて授業中に2分間の黙祷を実行した。それは自由を求めるハンガリー市民に共感した彼らの純粋な哀悼だったが、ソ連の影響下に置かれた東ドイツでは“社会主義国家への反逆”と見なされる行為だった。やがて調査に乗り出した当局から、一週間以内に首謀者を告げるよう宣告された生徒たちは、人生そのものに関わる重大な選択を迫られる。大切な仲間を密告してエリートへの階段を上がるのか、それとも信念を貫いて大学進学を諦め、労働者として生きる道を選ぶのか……。

新たな実話映画に挑んだラース・クラウメ監督のもとにドイツの若手有望株と実力派キャストが結集!
監督は、ナチスによる戦争犯罪の追及に執念を燃やした孤高の検事フリッツ・バウアーにスポットを当て、ドイツ映画賞6部門を制した『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(16)の気鋭ラース・クラウメ。原作者ディートリッヒ・ガルスカ自身の実体験を綴ったノンフィクションを、緻密なリサーチで迫真のサスペンスと繊細にして深みのある感動のドラマとして描き上げた。また、注目すべきは本作のために発掘された新人俳優たちのフレッシュな魅力。そして過去の戦争や悲劇的な事実を語ることができない親たちの愛と葛藤を体現するのは、『東ベルリンから来た女』のロナルト・ツェアフェルトら旧東ドイツ出身の実力派キャストたち。
無意識のうちに政治的タブーを犯してしまった若者たちが、仲間との友情や恋を育みながら、あるときはまっすぐに主張をぶつけ合い、人間として正しきこととは何かをひたむきに模索していく姿は観る者の心を強く揺さぶる。過酷な現実にさらされた彼らの、人生のすべてを懸けた決断とは?希望を追い求めた若者たちの“小さな革命”を未来へと続く“列車”とともに描き上げた感動の実録青春映画!

インタビュー
東ドイツの歴史の中でも、なぜこの出来事を語ろうと?
ガルスカの本に興味を持ったのは、『アイヒマンを追え!ナチ スがもっとも畏れた男』を撮っていたころだった。第三帝国後、東ドイツと西ドイツでは人々は何を思いながら暮らしていたのか知りたかったんだ。本作も『アイヒマン〜』同様、大きな混乱に陥った国で何が起こっていたのか、そして両ドイツとも、恐ろしい歴史から新しい未来へつながる道をどうやって見つけようとしていたのかを描いている。東ドイツは国家と社会を通してその道を見つけようとし、西ドイツはそれとは別のものを通して見つけようとした。どちらの試みも非常に困難だった。両作で表現したいのは、そこなんだ。

本作のストーリーの背景には、どんな社会的風土が?
本作の舞台設定は、1956年のスターリンシュタットだ。そこが重要なんだ。当時はまだ、ベルリンの壁は建設されておらず、社会主義は資本主義より優れた社会形態だと人々は信じ、そう望んでいた。そう考えるのが当然だと思っていたんだ。東ドイツが舞台となると、陰鬱な映像の映画になりがちだが、この映画はそんなトーンのものにはしたくなかった。だから舞台をシュトルコーからスターリンシュタットに移こと にしたんだ。現在のアイゼンヒュッテンシュタットだね。この街は、1956年当時はかなり現代的で、労働者の街として知られ、製鋼所が多く建ち並んでいた。西ドイツのルールのよ うに、便利で快適な生活が送れる街だった。だが当時は、東ドイツでも西ドイツでも、誰も戦争について、そしてナチス時代に自分たちの親が何をやっていたかについても語ることはせず、沈黙を貫いた。自分たちの歴史を語れないことが、この映画で描かれているような人々を作り出してしまっ たんだ。

『アイヒマン〜』同様、実話の映画化ですが、気をつけたこと はありますか?
『アイヒマン〜』と本作は、密接に関係している。どちらも、戦後のドイツの発展に対する興味から生まれたものだ。どちらも政治ドラマだ。両作を二本立てで上映してくれたら、素晴らしいんだがね。実話を基にした脚本を書くとき、大切なのは、歴史的な正確さとドラマ性のバランスを適切に保つこと だ。「ストーリーはすべて事実だけど、ちょっと退屈だったね」 と言われるようなものは作りたくないし、「事実とはかけ離れた内容だったね」と言われるものも作りたくない。適切なバランスを保つのは難しく、多大な努力を要するが、それがうまくできれば、素晴らしい脚本になる。私はス−パーヒーローが主役のフィクションより、事実に基づいた映画を観る方が 好きだ。人々が実際に行った素晴らしい行動を知ることほど、刺激的なことはない。

若い俳優たちは、役作りや演じる時代などについて、どのよ うに準備していましたか。
例えば、彼らはブギのレッスンを受けて、ディートリッヒ・ガルスカの本を読み、東ドイツの映画を観た。一番重要な映画は、『ベルリン シェーンハウザーの街角』だったね。この映画は僕らの映画で舞台となった年に公開されて、若い反逆者を描いたものだったからね。俳優たちにとって学ぶべきところが多くあったんだ。ヨナス・ダスラーはザクセンハウゼン強制収容所に足を運んだ。彼の家族の歴史と関係があるからね。ちなみに、僕の息子二人も映画に出演しているのだけれど(※レムケ家の次男三男役)、彼らが知らな かった時代ードイツが2つの国にに分かれていたことーや共産主義と資本主義の違いなど幼い子ども達に教えるのは大変だったよ。




【映画評】アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」の監督さんだったんだ。あれ変な邦題付けられ内容も男娼にちんこ咥えられ身悶えるなんか普通の戦争映画と違った怪作でしたが、いい意味で本作は非常に普通。実際は野外ロケ多数なんだけど密室劇みたいな印象ですし、祖国のヒーロー真っ赤な正義マンだと思われた父の正体がアレとか、まんま韓国の親日派狩りとオーバーラップ。

劇中、西側のラジオを聴く学生とそれを咎める教師のやり取りなど、中国、韓国の旅行者ブログでよく見聞きする「親や教師から日本は軍国主義の亡霊が跋扈しているので気をつけろと言われたが全然違ってびっくりした」と同じパターン。

我々だけかもしれないけど旧東ドイツの生活文化なんか全然知らないし、もっともっと見たいですね。北朝鮮のリアルを切り取った日常系映画なんか撮ったら面白いだろうな〜

満足度(5点満点)
☆☆☆


Posted by kingcurtis 固定リンクComments(1)映画 
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コメント
最近、コッチェビネタって見ないな
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2019年05月29日 13:34
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