2018年10月30日

【映画評】運命は踊る

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広義でいう戦争モノですね。本邦では珍しいエンドロールにヘブライ語満載のイスラエル映画。
なんでこんな凡庸な邦題にしたのだろう?二重、三重に本作を表す原題「フォックス・トロット」から印象薄い「運命は踊る」に替える必然性が分からない。

映画『運命は踊る』公式サイト

イントロダクション
ミハエルとダフナ夫妻のもとに、息子ヨナタンの戦死を軍の役人が知らせにやって来る。悲しみに打ちひしがれるふたり。そんな中、その報が誤りだったと分かる。安堵するダフナ。しかし、ミハエルは怒りをぶちまけ、息子を呼び戻すよう役人に要求する。前哨基地の検問所。ヨナタンは戦場でありながらどこか間延びした時間を過ごしている。ある日、若者たちが乗った車がやって来る。いつもの簡単な取り調べのはずが・・・。

愛する息子を連れ戻そうとする父、息子が生きていた事を喜ぶ母、戦場で悲しい体験をする息子。残酷な誤報が彼らの運命を翻弄してゆく。浮かび上がるそれぞれの愛、思い、優しさ、そして露わになるそれぞれの傷、罪、弱さ――。過去の、現在の行いの報いなのか? 彼らは、運命の渦に容赦なくのみ込まれてゆく。そして、その先にあるものは――深く大きな悲しみ、そしてかすかな愛の光。
監督自らの実体験をベースに、運命の不条理さ、人生のやるせなさを巧みな構成で描きだす。まるでギリシャ悲劇を思わせる緻密で独創的なストーリーが、スタイリッシュな映像、圧倒的で流れるようなカメラワークと相まって、ミステリアスに展開する。運命こそが最大のミステリー! 『運命は踊る』は観る者を釘づけにする。

監督・脚本を務めるのは、本作が長編2作目となるイスラエルのサミュエル・マオズ。自身の戦争体験を基に作り上げたデビュー作『レバノン』で、ヴェネチア国際映画祭グランプリ(金獅子賞)を受賞。華々しいデビューを飾る。新作を待つ声が高まる中、8年ぶりに本作『運命は踊る』を発表。イスラエルの社会状況を盛り込みながらも、誰もが共感できる普遍的な家族の物語を作り上げ、再びヴェネチア国際映画祭で審査員グランプリ(銀獅子賞)を受賞。2作連続で主要賞を受賞する快挙を成し遂げた。

その後も、各国の映画祭で数々の賞を受賞。本国でも、イスラエル・アカデミー賞であるオフィール賞で最多8部門受賞し、おしくもショートリストまでの選出となったが、アカデミー賞Ⓡ外国語映画賞のイスラエル代表に選ばれた。ナショナル・ボード・オブ・レビューでは、見事外国語映画賞を受賞。2018年、ヴァラエティ誌が毎年発表している観るべき10人の監督に、『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグらと共に選ばれた。世界的にも今、最も目が離せない監督のひとりである。

本国イスラエルでの公開の際に、スポーツ・文化大臣を中心とした右寄りの政治家から、「イスラエルにとって有害な映画。政府機関であるイスラエル映画基金から製作資金を与えられるべきでなかった」と攻撃を受けた『運命は踊る』。このことは、ヨーロッパ各国でも大きくメディアに取り上げられた。「この攻撃は、『運命は踊る』の物語がいかに正確なものかを証明している」と監督が語るように、このような攻撃があったにも関わらず、アカデミー賞Ⓡ外国語映画賞のイスラエル代表に選ばれ、イスラエル・アカデミー賞であるオフィール賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞を含む最多8部門を受賞するなど、本国でも圧倒的に支持されることとなった。

『運命は踊る』の原題でもあるフォックストロットは、1910年代はじめにアメリカで流行した、4分の4拍子、2分の2拍子の社交ダンス。作品の中で度々語られるフォックストロットのステップ。「前へ、前へ、右へ、ストップ。後ろ、後ろ、左へ、ストップ」――元の場所に戻って来る。どうあがいても、いくら動いても同じところへと帰って来る。動き出した運命は変えることができないということか…。

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ストーリー
ミハエルとダフナ夫妻のもとに、軍の役人が、息子ヨナタンの戦死を知らせるためにやって来る。ショックのあまり気を失うダフナ。ミハエルは平静を装うも、役人の対応にいらだちをおぼえる。そんな中、戦死の報が誤りだったと分かる。安堵するダフナとは対照的に、ミハエルは怒りをぶちまけ、息子を呼び戻すよう要求する。ラクダが通る検問所。ヨナタンは仲間の兵士たちと戦場でありながらどこか間延びした時間を過ごしている。ある日、若者たちが乗った車がやって来る。いつもの簡単な取り調べのはずが…。
父、母、息子――遠く離れたふたつの場所で、3人の運命は交錯し、そしてすれ違う。まるでフォックストロットのステップのように。

監督インタビュー
映画は息子の訃報で始まりますね。この物語の基は何でしょう。
私自身に起こった出来事を基にしています。長女が高校に通っていた頃、彼女は朝早く起きられたためしがなく、遅刻しないようタクシーを呼んでくれというのです。お金もかかりますし、教育上悪いとも思えたので、ある朝私は頭にきて、みんなと同じようにバスを使えと命じました。言い争いはありましたが、時間通りに起きることを彼女は学ぶ必要があったのです。バスは5番線でした。彼女が家を出て30分後、テロリストが5番線で爆弾を爆破させ、何十人もの人が殺されたとニュースサイトで知りました。娘に電話しましたが、当然のことながらつながりませんでした。人生で最悪の時間を過ごすことになりました。私自身の戦争の時期をすべて合わせたよりもひどい時間でした。1時間後、娘は家に帰ってきました。爆破されたバスに乗り遅れていたのです。

『運命は踊る』はギリシャ悲劇としても見ることができます。三部構成であるということだけでなく、信仰、自由意志、人間の思い上がりといった比喩的表現をギリシャ悲劇から借り受けているように思います。このアイデアはどこから生まれたのでしょう。
ギリシャ悲劇の三部構成は、私のアイデアを伝えるのに最適な形式だと思えました。ミハエルは自ら罰を引き寄せ、自分を救おうとする者たちと敵対します。彼は、自分の行動がもたらす結果にまったく気づいていないのです。それどころか、彼は正しく、また当然と思える行動をとる。単なる偶然と、運命の仕業に見える偶然との違いがそこにあります。一見混沌に見えるものは、すべて定められたものなのです。罰は極めて正確に罪に見合っている。因果応報、なるべくしてなる。そして、そこには運命につきものの皮肉も感じられます。ミハエルは、息子を救えるという思い上がりゆえに、罰せられるのです。
同時に、三部構成にしたことで、観客に感情の旅を提供することができました。第一部でショックを与え、第二部で幻惑させ、第三部で感動を与える。それぞれの場面は、映画的な技法を駆使することで、その中心を担う登場人物の性格を反映したものになっています。ミハエルを中心とする第一部は、彼自身のように鋭く、冷たく、簡潔です。突き放した構図からなっています。第三部は母親、ダフナにより密接に結びついている。青みを用い、柔らかく、温かみがある。真ん中のヨナタンのシークエンスは、夢に捕われた芸術家の内面世界のように、地面から数センチ浮き上がっています。映画全体が哲学的パズルなのです。

『レバノン』がヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞してから、『運命は踊る』が作られるまで8年もかかったのはなぜでしょう。
かかったのは3年です。というのも他のこともしていますから。私は本を書き、絵を描き、子育てと、常にひとつ以上のことをしています。映画だけ作っている訳ではありませんので。




しかし、海外のキービジュアルと日本のそれは全然印象が違うね。これじゃリーチする客層が大幅に違いそう。

FOXTROT    A Sony Pictures Classic Release

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映画鑑賞後に監督インタビュー拝見しましたが、そういう実体験があったからこういうエンディングなんだ。遺品イラストに描かれた車窓の美人像が印象的でした。昨日発生した神奈川中央交通路線バス死傷事故の着座位置もそうですが、あたり前のことだけど日々の流れってのは偶然の積み重ねなんだよな。ラクダに運命を操られていたとは。

満足度(5点満点)
☆☆☆



Posted by kingcurtis 固定リンクComments(2)映画 
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コメント

砂漠の狐かと思った。

で、ラストは、

息子が戦死なの?
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年10月30日 13:59
>昨日発生した神奈川中央交通路線バス死傷事故の着座位置もそうですが、

父は運転手の後ろは危ないから絶対乗るなと、よく言ってましたがそのとおりの事故でした。
Posted by aikobros at 2018年10月30日 23:01
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