2018年09月05日

【映画評】ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男

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ボルグとマッケンロー テニスで世界を動かした男たち (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)
ボルグとマッケンロー テニスで世界を動かした男たち (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)

大坂なおみグランドスラム初のベスト8進出を懸けた全米オープン4回戦は昨日WOWOWオンデマンドで観戦しました。途中で集中力切れかかっていたみたいですが、相手の自滅にも助けられなんとか立て直しましたね。試合後インタビューの「ダブルフォルトを祈った」には笑いましたが、トーナメント組み合わせに恵まれている感もあり、豆腐メンタルが炸裂しない限り決勝戦まで行くんじゃない?次の試合は明日木曜日の未明です。オンデマンドはシークが面倒くさいので(尺が10時間強あった)、録画をゆっくり見る予定。

映画『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』公式サイト

イントロダクション
1980年、歴史に刻まれたウィンブルドン決勝戦美しき王者ボルグVS悪童マッケンローその闘いは、二人が出会う前から始まっていた──

かつて、まるでハリウッドスターのような人気を誇るテニス選手がいた。1976年に20歳の若さで、テニスの聖地ウィンブルドンで初優勝を果たし、その彫刻のように美しいヴィジュアルと神がかったプレイで、テニスに興味のなかった人々さえも虜にしたビヨン・ボルグだ。それからも快進撃は続き、ウィンブルドンで4連覇を達成したボルグは、コンピューターのように冷静沈着なその立ち居振る舞いから“氷の男”と呼ばれ、絶対王者として君臨していた。

そんなボルグの5連覇を阻止するべく現れたのが、類稀なる才能を持ちながら、納得のいかない判定に怒り狂って審判に野犬の如くかみつき、“悪童”とバッシングされたジョン・マッケンローだ。
1980年、エレガントなプリンスとワイルドな野生児が、ウィンブルドン決勝戦でぶつかり合った。彼らが自らの人生のすべてを注ぎ込んだ3時間55分の名勝負と、そこに至るまでに少年時代から精神と肉体を極限にまで鍛えてきた驚愕の道のりの映画化が実現した。

対極の二人が限界のその先に見た、神さえも知らない景色カリスマを蘇らせた入魂の演技で放つ興奮と感動の実話

ボルグに扮するのは、日本でもスマッシュヒットを記録した『ストックホルムでワルツを』のスベリル・グドナソン。スウェーデン出身の今最も注目されている俳優の一人で、『ドラゴン・タトゥーの女』シリーズの話題の最新作『蜘蛛の巣を払う女』にも出演している。“マシーン”と呼ばれた男が、その冷たく固い鎧の下に秘めた、周りからは理解されない孤高の存在であるがゆえの怒りと悲しみ、高みを目指すことへの飽くなき情熱を体現した。

マッケンローには、世界的大ヒットシリーズ『トランスフォーマー』の主演で人気を獲得し、近年では『フューリー』や『ニンフォマニアック』で演技派としても高い評価を得ているシャイア・ラブーフ。感情をコントロールできないまま大人になってしまったけれど、尊敬する父親に認められたい健気な少年が、今も心の奥に住む男の切なさまでも演じきった。

正反対のキャラクターの二人が、闘いを通じて共に限界のその先へとたどり着き、唯一無二の絆を結ぶ瞬間には、激しく心を揺さぶられずにはいられない。二人のカリスマの若き日々を蘇らせた入魂の演技は、世界中の映画祭で“最高のハマリ役”と絶賛されている。

また、貧しい家庭に育ち、すぐに激高する性格だったという意外なボルグの少年時代を、ボルグ本人の息子のレオ・ボルグが演じている。そんな彼の才能を見出し、燃え上がる激情を最高のプレイに変える術を教えたコーチには、『アベンジャーズ』シリーズから『マンマ・ミーア!』まで、幅広い役柄を演じてきたスウェーデンの名優、ステラン・スカルスガルド。

監督は、衝撃の戦場ドキュメンタリー映画『アルマジロ』で、第63回カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリを受賞したヤヌス・メッツ。ハンディカムやステディカムカメラを駆使して縦横無尽の角度から試合シーンを捉え、臨場感が炸裂する白熱のエンタテインメントを完成させた。

遂に開幕する決勝戦。負ければ一瞬ですべてを失うプレッシャー。1ミリの狂いも許さない集中力。頂点に立つ者と追いかける者の孤独と葛藤。生きるか死ぬかの鬼気迫る闘いの表と裏に迫る、熱狂と興奮の最高潮に、やがて押し寄せる感動の実話。

ストーリー
北欧の氷の男と、NYの炎の男─
どこへ行ってもマスコミとファンに追いかけられ、片時も心が休まらない男がいる。彼の名はビヨン・ボルグ(スベリル・グドナソン)、世界ランク1位のテニスプレイヤーだ。1980年、24歳のボルグは、アスリート人生最大のプレッシャーと向き合っていた。まもなく始まるウィンブルドンに、歴史的記録となる5連覇がかかっているのだ。いつも冷静沈着で、「氷の男」と呼ばれるボルグの真の葛藤を知るのは、コーチのレナート(ステラン・スカルスガルド)と、婚約者のマリアナ(ツヴァ・ノヴォトニー)だけだった。そんなボルグのライバルとして現れたのが、「アル・カポネ以来、最悪のアメリカの顔」「恥を知れ、悪ガキ」などと、メディアから激しいバッシングを受けているジョン・マッケンロー(シャイア・ラブーフ)だ。世界ランク第2位を誇りながら、納得できない判定に食い下がり、ブーイングを放つ観衆にも容赦ない罵声で反撃する男だ。モナコの自宅から、マリアナと共にウィンブルドンへと乗り込むボルグ。迎える車、泊まるホテル、その部屋のタオル1枚に至るまで、ボルグの指示で毎年全く同じ物が用意されていた。さらに、レナートがガットを張り直した50本のラケットのテンションと音を1本ずつ丹念にチェックするのが、ボルグの眠る前の日課だった。レナートとボルグの出会いは、ボルグが少年の頃に遡る。ボルグは故国スウェーデンのクラブで頭角を現していたが、すぐにキレる性格だった。家が貧しかったこともあって、テニス選手にふさわしくないと退会を迫られていた時、国の代表監督のレナートに才能を見込まれたのだ。

いよいよ幕を開ける、宿命のウィンブルドン─
1回戦で、格下の相手に苦戦するボルグ。勝利者インタビューで淡々と「彼は強かった」と語るボルグをホテルのロビーのTVで見ていたマッケンローは、「何度もあんなふうになろうとした。だが無理だ」と傍らの選手に語る。マッケンローにとって、3歳年上のボルグはずっと憧れの存在だった。一方、ボルグもマッケンローの試合をTVで観戦する。審判にうるさい鳩を「何とかしろ」とムチャを言うマッケンローに、ブーイングを飛ばす観衆。そんな傍若無人なマッケンローに、ボルグはかつての自分を見ていた。3回戦が雨で中断した上で再開し、ボルグのストレスは頂点に達する。試合後、ボルグは唯一感情をぶつけられる二人、すなわちレナートにクビを宣告し、マリアナを部屋から追い出す。コートではいつも冷静でいられるのは、レナートの教えのおかげだった。沸き立つ怒りや恐れを1打1打に叩きこむと誓った結果、ボルグは1974年に全仏オープンで、1976年にはウィンブルドンで、史上最年少での優勝を飾り、熱狂的な人気を獲得したのだ。

ついに始まる決勝戦。生死をかける者たちの闘いと共鳴─
自慢の父に褒められたい──それが、マッケンローの幼い頃からのモチベーションだった。マッケンローは、弁護士の仕事で多忙な父が駆け付けてくれた準決勝を勝ち抜くが、試合中の暴言をめぐり記者会見でつるし上げられる。だが、マッケンローには信念があった。審判にも真剣勝負を求めているのだ。「試合には、すべてを賭ける。何もかも出し尽くす。お前らにはわからない」と吐き捨てて席を立つマッケンロー。同じく準決勝を制したボルグは、シャワー室で倒れるほどのストレスに襲われるが、レナートとの絆を取り戻して立ち直る。「この日のために、すべてを捧げてきた」と、決意を新たにするボルグ。

ついに、世界中が見守るなか、どんな天才脚本家にも書けはしない、人智を超えた決勝戦が始まる─

プロダクションノート
リアルタイムで試合に 感銘を受けた監督が映画化
1974年生まれのヤヌス・メッツ監督は、1980年にはまだ子供であったにもかかわらず、ビヨン・ボルグとジョン・マッケンローの伝説の試合を、はっきりと覚えていた。「1980年のウィンブルドンの決勝戦を、家族みんなで待ちわびていた。まるでセント・ポール大聖堂のクリスマスミサのようにね。もちろん試合の内容がわかっていたわけではないが、それでもどこか神聖な空気感が漂っていたことを覚えている。今なら、この二人の闘いの意味がよくわかる」と語るメッツは、本作の監督を喜んで引き受けた。
当時の二人の闘いを、メッツ監督はこう解説する。「二人の青年が、頂点を目指して闘った。己の存在を証明し、その意義を示し、そして何者かになるために。スポーツ史に残る熾烈なライバル関係にあったこの二人は、結局のところ自分自身と、自らの心が作り出した悪魔と闘ったんだ」  また、二人のキャラクターについてはこう分析する。「ボルグとマッケンローの二人とも、自身を限界まで追い込み、さらに限界を超える能力を備えていた。これは偉大な成功者に共通する特徴だと思う。世間からは対称的な存在として見られていた二人だが、等しくこの特徴を持っていた上に、互いにそれを認識していた。人生のすべてをテニスに賭けているかのようにプレーしていた二人。ストーリーが展開するにつれ、そんな孤高の存在だった彼らが、どのようにして互いを理解し、友情を育んでいったのかが明らかになる」

最初はボルグを演じる自信が無かった スベリル・グドナソン
ボルグ役には、スベリル・グドナソンが選ばれた。グドナソンは最初に脚本を読んだ時の感想を、「まず、視点がクレバーだと思った」と語る。「ボルグの心情をベースとして、重要な出来事をたどっていく。登場人物の想いを軸にして、ストーリーが展開するんだ」
だが、グドナソンは、最初は自分がボルグを演じられるとは思っていなかったと振り返る。「あのウィンブルドンの試合があまりにも有名だから、どうしてもその時のボルグが頭に浮かんでくる。彼のその姿と、自分を重ねることができなかった」
しかし、リサーチを重ねた結果、グドナソンは「少し運が味方してくれれば、うまくやれるのではないかと考え直した」と語る。自分との共通点を見つけたのだ。「有名であることに、うまく対処できないところが似ていると思う。僕も自分のキャリアは追求していきたいけれど、それに付随するものにはあまり関わりたくない。それと、あの独特のルックスに、なんとか似せることができたと思う」

マッケンローに自分との共通点を見た シャイア・ラブーフ
一方のマッケンロー役は、シャイア・ラブーフに依頼された。ラブーフは、マッケンローの人となりをこう分析する。「彼は巨匠だよ。型破りで、我が道を行く人だ。目的を持って生きていて、他者とのコミュニケーションにもその目的を利用する。偉大な芸術家や音楽家と同じで、完全に取り憑かれている。まるでモーツァルトだね」
そんなラブーフがオファーを引き受けた一番の理由は、メッツ監督と仕事をしたかったからだと振り返る。「マッケンローには興味があったけれど、コメディスタイルの派手なキャラクター設定なら、上手くいかないだろうと思っていた。でも、監督にヤヌスの名前が挙がっていて、それなら大丈夫だと思った。ヤヌスのセンスやスタイルは知っている。脚本を読んで、ヤヌスが本気だとわかったから、即決したね」
グドナソンとは違って、ラブーフはマッケンローに多くの共通点を見出したと語る。「マッケンローのすべてに親しみを感じる。理解できるんだ。彼は太陽に要求を突きつけた男だ。オレがちゃんとやろうっていうんだから、お前もそうしないと許さんぞ、みたいなね。大騒ぎをしている試合がたくさんあるけれど、彼は完璧を強く求める男なんだ。自分はもちろん、周りのみんなの完璧さもね。彼は理由もなく叫んだりすることはなかった。不当な扱いを受けたからだ。つまり、正義の叫びだ。マッケンローは理想を追求する男だ。そんな性格を背負って生きるのは、簡単じゃない」
そのためラブーフは、「叫び、怒り、激情にリアルに身を任せることが必要だった」と振り返る。「実在の人物になることは、ただのモノマネになってしまう可能性と隣り合わせだと自覚しながらね」

厳しい肉体改造と プロアスリート並みのトレーニング
グドナソンは、撮影の5カ月前からトレーニングを始めた。テニスは1日2時間、基礎トレーニングは週に4時間行った。「日ごろ運動していない人間にはかなりの量だ。最初はきつかったけれど、だんだん慣れていった。もう限界だと思う時期を超えると、それほどきつくなくなる」とグドナソンは振り返る。役作りに関しては、膨大な資料を集めることから始めた。試合の映像や写真、それに半生が綴られた本もある。グドナソンは、手に入るものは全部集めて研究した。
マッケンローの方は、まずは減量にチャレンジした。ちょうど海兵隊員を演じた映画の撮影が終わった頃で、身体ががっちりしていた。メッツ監督に「落とせるだけ落としてくれ」と言われたラブーフは、ベジタリアンになって、トレーニングに励み、大幅な体重減に成功した。ウィンブルドンで対戦するまでは、全く交流が無かった実際のボルグとマッケンローの距離感を保つために、「トレーニングは別々にやった」とラブーフは説明する。「僕らが一緒に過ごした時間はほとんどない。二つの別々のトレーニング・キャンプを設けた。彼には彼のトレーナーと栄養士が付いていて、僕にも自分のチームがあった。お互いにほとんど話さず、距離を置いていた。でも互いに誠実であり続けたし、敬意を払っていたよ」

臨場感とリアリティを追求した試合シーン
メッツ監督は、ボルグとマッケンローの内なる葛藤を表現するために、ハンディやステディカムカメラを多用した直感的な撮影法を採用し、臨場感とリアリティを生み出した。「一時代を築いた二人のアイコンをこの方法で映すことにより、雰囲気が伝わり、時に象徴的とも言える描写を創り上げることができた。それらは物語のテーマと、歴史上の重要性を伝えている」とメッツ監督は解説する。「二人の怪物が激突する、スケールの大きさが必要だった。ボルグとマッケンローの足元を起点として、没入感や時に圧迫感も感じさせるほどの画を撮るのに加え、そこから一歩引いて広角の画も撮影し、試合の壮大さと物語の実在感を強調した」

役柄として俳優として 互いをリスペクトした二人
ラブーフは、グドナソンについてこう語る。「彼はスウェーデンで一番の役者だと、ヤヌスから聞いた。スカンジナビア一の若手俳優で、すごく将来性のある男だと。それから彼の出演作を観て、ライバル心がメラメラしてきたよ。彼とスカイプで話をしたのはその後だ。撮影の間は、僕は彼をスーパーマンとして捉えていた。撮影がほとんど終わって、ようやく彼は人間になったのさ」 一方のグドナソンはラブーフを、「シャイアと共演できて、とてもいい経験になった。たくさん学ばせてもらったよ。シャイアは全身で役柄に入りこむ。常に真実を追求する。真実を捉えて表現するために、いつも限界に挑んでいるんだ。役に成り切るためなら、どんな努力も厭わない。その姿勢に感銘を受けた。本当に素晴らしい俳優だよ」と絶賛する。
ボルグとマッケンローの関係について、グドナソンはこう分析する。「二人はとても尊敬し合っていたと思う。タイプは違うけれど、似ているところも多い。それに理解し合っていたと思う。引退後、二人はとても仲良くなり、今も懇意にしているそうだ。でも初めて会った時は、互いにそうなるとは思ってもみなかったはずだ 」ラブーフが続ける。「彼らはとてもよく似ている。とんでもない場所のど真ん中に一人取り残されて、誰も自分を理解してくれないという状況も同じだった」
最後にメッツ監督が、締めくくる。「単に二人の男が、テニスをしていたのではない。二つの大陸がぶつかっていた。対峙するのは、振る舞いや気性が完全に正反対の二人だ。本作では、それを美しく描き出している」




ボルグは「【映画評】ストックホルムでワルツを(Monica Z)」の人だったのか。あの映画は面白かった。そのボルグもマッケンローも、先日観た「【映画評】バトル・オブ・ザ・セクシーズ」同様、キャスティングがクリソツ。引退したボルグがビジネスで大失敗した理由もよく分かりました。強迫性障害なんだろうか?

映画本編については可も不可もない内容ですが、可能であれば次の年のウィンブルドン決勝戦をクライマックスにして欲しかったですね。どうせ映画化するなら。

満足度(5点満点)
☆☆☆

ということで、23年前の松岡修造&伊達公子再来となった錦織圭&大坂なおみの全米オープン観ようぜ。
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コメント
ネットで大谷の嫁候補に上がっててワロタけどねw
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年09月05日 13:40
皆さんの頭髪生え際はマッケンローですか。
Posted by んんー at 2018年09月06日 07:32
そんな天才肌のジョン・マッケンローも、ジャパンマネーに釣られたのか日本の薬用歯磨き粉のcmに出て、「歯槽膿漏には負っけんろー」とか言わされてたのを思い出した。
Posted by 阿賀氏 at 2018年09月10日 08:20
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