2018年08月01日

【ラオスダム決壊】現地取材のハンギョレ記者 ラオス兵士より叱られる「絶対に死体を撮影するな」「韓国救援チームはなぜ来ない?ここで韓国人だと知られると大変なことになるぞ」

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こちらの続き。
【ラオス ダム決壊】SK建設「ラオス人の逃げ足が遅く被害拡大」関係者「ダム施工実績皆無だったが入札」「設計企業も水力発電所工事の経験ほぼなし」

いいルポなのですがハンギョレ日本語版未掲載なので転載。以下機械訳です。

【ルポ】フルタンに埋め込まれた、ラオス、「韓国救援チームはなぜ来 ":国際一般:国際:ニュース:ハンギョレ

【平和フェローシップ-希望のノルムンまで]
、ラオスのダム崩壊惨事8日目
、韓国メディア初被害村進入

生存者「電柱の上まで水が襲っ過ぎ去った」 泥と瓦礫、悪臭だけが残った村の家は傾いて倒れ反転、生気は何匹の獣だけで、住民生活の場の回復意欲この上なく現場連帯手もまだドディギのみ

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ラオスのダム崩壊惨事8日目の30日午後(現地時間)、最大の被害村の一つであるアタプジュマイ町全体が進で覆われている。(小型無人航空機撮影)アタフー/ギムボンギュ選任記者bong9@hani.co.kr

死んだ人は死んだ動物と一緒に泥の中に葬られた。しかし、買った人は泥をかき分け去り、山の獣は泥の上に残された。

廃墟となった家の門の前にヌロンイ犬微動もせずに伏せていた。近づいて行ってみると、泥をかぶったアルビノであった。犬は涙故人目をわずかコムポクでかろうじて息を切らしていた。静的を破る豚の鳴き声が聞こえた。音私に向かって行ってみると子豚一匹がけがをした足を引きずりながら歩い徘徊していた。周囲には、塩素と鶏も往来していた。泥に覆われた町のどこにも食べは見えなかった。村で唯一の生気は死んでいく動物たちだった。

30日午後遅く(現地​​時間)<ハンギョレ>平和遠征隊が韓国メディア初ラオスアタプジュマイ村に入った。マイ村は、ラオスボジョデム崩壊に惨事が私の村13カ所のうち、第三に、大きな被害を受けた村に、ダムの崩壊後、一番最初に水が襲ったヒンラト・他センチャン村で王ナウ川に沿って3卞遒砲△襦ダムの崩壊20分後に二つの村を破壊した水は、川の森に乗って降りてまっすぐマイ村を襲った。水は二つの村で残骸や泥を一緒に運転しマイ村に大きな被害を与えた。惨事当日を鮮明に覚えているサナム間市内の避難所のマイ村の生存者たちは、「電柱の上の高さまで水が襲っ過ぎた」と証言した。

戦闘行ったよう... 村は太ももの深泥に埋もれていた

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ラオスのダム崩壊惨事8日目の30日午後(現地時間)、最大の被害村の一つであるアタプジュマイ村の崩れた家の前に農業機械が寝転がっている。アタフー/ギムボンギュ選任記者bong9@hani.co.kr

惨事八日、マイ村に行く唯一の道は、泥水が少しずつ落ちていた。海上救助隊の船を得て引き出す村の入り口に進入することができた前日とは違った。まだ大人の膝の高さまで泥水がチャオルラあったが、平和遠征隊はお早めに四輪駆動トラックを運転し町に向かった。サナム間市内で47劼療イ瞭擦鯑佑抜けて3時間余りで到着した町の入り口は、激しい戦闘を行った戦場を彷彿とさせた。正しく立っている建物は、参照難しかった。道端に傾いて、いつ倒れるかもしれない建物があちこちに散らばっていた。フェンスは、すでに崩れているか、軽く触れるだけで崩れそうだった。

車から降りると悪臭がフックして、顔にかけてきた。臭いの成分は、単一ではなかった。泥があまりながら発散するすっぱい臭い、選ばれ壊れ木々や水に流され流されてきた残骸ので、私は不快な臭いが入り混じったようだった。四方が泥泥沼あってもどこ箇所目を置くことも難しかった。惨事後も休む暇もなく、雨あふれ泥は乾く暇がなかったのだ。この日も何回も豪雨と霧雨が交互た。泥泥沼は目に深さを計ることがなかった。太ももの深さまで落ちることは普通であり、メモのために一時停止するもするジェヒムに再足を抜き出すも難しかった。泥をかき分け歩き回ったか数分で全身は汗まみれになった。

村奥に入ると、廃墟になった家庭が現れ始めた。丘の上に建てられた木造住宅は底が空に向けたままひっくり返っていた。町のどこにも構成した柱は見えなかった。家支える柱は、飴のように曲がったり壊れた鉄筋を表わしていた。他の種類の柱である電柱は家を襲ったまま倒れていた。このような超現実的な風景を作ったのはウィトマウルから溢れてきた水の流れであっただろうが、経験の範囲を超えて流れの強さは、具体的なイメージとして描かれていない。

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ラオスのダム崩壊惨事8日目の30日午後(現地時間)、最大の被害村の一つであるアタプジュマイ村の建物の中にふくらはぎの高さまで泥がたまっている。アタフー/ギムボンギュ選任記者bong9@hani.co.kr

村の外径を飲み込んだ泥は家の中の風景も圧倒していた。半波されたまま倒れて泥に埋もれた冷蔵庫やソファなどを見ると、少なくとも大人太ももの高さまで家の中に押し寄せたようだった。庭で私が歩く足に何かがかかった。泥をかき分けてみるとバイクであった。泥が何をより隠していることを推測しにくかったが、復旧作業が難航し経るか、当局からの回復が不可能であると判断することになれば、その原因は間違いなく泥である。

マイ村をはめている王ナウ川に、ラオス軍人と中国、タイから来た海上救助隊が活動していた。この川をさかのぼると、最大の被害村ヒンラト・他センチャン村が出てくる。二つの村は、まだほとんどの地域が水に浸っている。ラオス軍人が制御する二つの村では、人命救助が盛ん進行中という。

「助かるがないということを知りながら、目で確認したい戻ってきた」近くの町線忙しい人命救助活動の兵士"韓国人と明らかにいけSK話も出さないように」脅し

他センチャン村に行くために30分間泥泥沼をかき分け、ラオス、兵士たちが集まっている船着場に到着した。しかし、冷たい視線だけが帰ってきた。韓国記者ということを知った兵士は、「韓国の救援チームはなぜまだ来なかったか。ここでは韓国人だということを明らかにすればならない。「ケイ」(SK)の話も出さはいけない」と脅しを置いた。結局逃げるよう船着場を抜け出すしかなかった。
他の場所で活動していた海上救助隊に助けを求めることもしたが、無駄だった。したタイの救助隊員は、「記者のアクセスを徹底的に統制している。船に乗って入ったが、兵士たちにばれたら、大変なことにこの日」とし警戒した。中国の救助隊員は、「惨状を韓国社会に知らせるために支援したいのですが戻ってくるとき、現場で焼くこと隊員が多く難しい」とごめんた。

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ラオスのダム崩壊惨事8日目の30日午後(現地時間)、最大の被害村の一つであるアタプジュマイ村の泥の中にガチョウ餌を探して徘徊している。アタフー/ギムボンギュ選任記者bong9@hani.co.kr

結局歩いて行くしかなかった。二つの村を結ぶ道路に沿って北に上がって始めてみましょう、より深刻な被害を受けた村の姿を見ることができた。廃墟の町は、兵士や救助隊員も見えない静かだけだった。道マイ村に来よりもはるかに険しいた。乾いた地面を踏む機会はなかった。積もり積もった泥は一見にもアクセスすることができないほど深く見えるところが多かった。建物を覆っている泥は高さが2mはされてた。落ち倒れを繰り返した。奥深く入ってますます状況はさらに劣悪になった。あちこちに倒れている木とあらゆる残骸が前途を防いだ。さらには、判断を先送りすることができなかった。平和遠征隊は、最終的に足を向けた。

マイ町の中心部に戻ると先住民た人が入ってきていた。彼は「助かるのがないことを知りながらもきた。億枚が崩れだけでも目で確認したかった。さらには、私たちの家族を受け入れること所がない」と述べた。マイ村は避け村の比較的アクセスが容易ですが、被害があまりにも大きかったので死体発掘作業が主に行われている。海上救助隊員は、「人命被害がどのようかまだ推定することもできない」とした。現場では、水と泥の速度と​​規模に比べて連帯の手が限りなく遅く、まれにのみ見られた。

アタフー/有徳管記者ydk@hani.co.kr

【ルポ】ビニール円土のついた子供の死体... 行方不明の家族を見つけるいらいら被災者:国際一般:国際:ニュース:ハンギョレ

平和フェローシップ-希望のノルムンまで、ラオスのダム崩壊避難現場。何千人もの避難したサナム間時、惨事8日目、11回目の死体搬送、村会場が犠牲者焼香所で被災者、ニュース切断家族探し、残忍待つつながる日々。運良く惨事免れた40代の男性、親戚探し3,4回ずつ焼香所立ち寄り。ダムの下の村タセンチャン住民「泥3mや覆われて戻ることもできない」

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ラオスのダム崩壊惨事8日目の30日午前(現地時間)アタプジュサナムの間にある避難所で被害住民が食べ物や衣類など救援物資を受けるために救護団体職員に向かって手を伸ばしている。アタフー/ギムボンギュ選任記者bong9@hani.co.kr

彼らは冷たい床に横になった子供に向かって休むことなく水を注いだ。それでなくとも、あまりにも多くの水に息が止まった前気絶した子供に救助隊員がひょうたんに引き続き、水を浴びせた。行って乾燥したいほどだった。しかし、そのたびに子供の体から泥水がはねた。その子供は、少しずつきれいになった。

ボジョデム崩壊惨事を経験したか八30日昼12時(現地時間)前後。全域が避難所に設定され、ラオスアタプジュサナム間市内片側村会場に11番目の死体が到着した。死体は、中国救助隊員がトヨタのピックアップトラックの荷台に載せてきた。ビニールにぐるぐる乾燥死体が二救助隊員に聞か洗浄章に向かった。

死体はあまりにも軽く聞こえた。ボディを囲んビニールの長さも短すぎた。1時間前処理が終わった10回の死体の半分にも満たないように見えた。子供であることが明らかになった。住民が集まってあげよう、ラオス軍関係者が「退け」と叫んだ。現場職員が配った簡易マスクの中に無言のにおいがフックプッシュ入った。ラオスの四日間全く見られなかった日差しが照りつけ蒸し暑いさが増した中で霧雨が降った。雨水は生ぬるくした。

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ラオスアタプジュサナム間の村会場に設けられた一時的永安所で救助隊員らが30日午前に到着した10回の死骸を管に入れるために布で包んでいる。アタフー/ジョンジョンフィ記者symbio@hani.co.kr

村会場舞台の下円通常の管よりもはるかに大きい直方体形の冷凍庫が置かれた。その前にはキャンドルと香りがついた。一方円故人の遺影写真が置かれた。横冷凍庫元亡者のためのノジャトドンであるよう、ラオス紙幣数十枚がトングに接続されてフラップであった。

村会場はいつも、社会主義政権の中央高官が来たときに、人民の溜まり場に使われ敬虔な空間だった。今では死んだ人のための焼香所だ。しかし、完全に追悼だけには惨劇の傷が深すぎる入っている。現場の管理を担当したサナム間時公務員と自分を明らかにした30代の男性は「あの子は今回大きな被害を受けたマイ村で発掘された」とし「ここで身元が確認され、家族を訪れた死体は、近く火葬場で火葬して個別に葬儀を払っている」と述べた。他の公務員は、「私たちも、体は難しい。それでも全く同じ町内の人々なのにこんなに大きな事故をダンハニ気に障る極まりない」と語った。

永安牛になってしまった町の会場周辺には、軍用テント5つㄱジャ形で桁を保持する場所が軍によって制御されるところであることを教えてくれた。平和遠征隊が「サナム間市役所から出た場所の管理責任者カムマンフォームマセンに事前許可を得て写真を撮る」と言うた兵士は「絶対に近づき死体を撮影いけない」と重ねて注意を与えた。

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ラオスのダム崩壊惨事8日目の30日午前(現地時間)アタプジュサナム間地域のドボク町の被害者の避難所の子供たちが救援団体から受けた食べ物を背負って行っている。アタフー/ギムボンギュ選任記者bong9@hani.co.kr

三々五々集まって雄代これらサナム間住民や被災者である。この中には、愛する家族や親戚を失った人も少なくない。失われた家族や親戚が死体たとえ一日も早く戻ってきている」残忍な待つ」を続けていく人々だ。遠くに立って会場の方を見ていた40代の男性は、11番の死体のようなマイ村から来たした。事故が起きた23日の夜サナムの間に用事を見たおかげで運良く命をとりとめた。彼はやはり大きな被害を受けたヒンラト村に住んでいた叔父の死体を発見した。まだ見つからない親戚が優れているとした。

「叔父は情が多く若い的真の仕事を熱心にする人だった。ところが、まだ叔母と甥の両方の死体は見つかっていない。一日も3,4回ずつ出て見てください。残念なことです。」

現在までに死亡が公式確認された11人のうち9人は身元が確認され、このうち7人は葬儀を終えたサナム間時の現場責任者カムマンポムマ生した。フォームマセンは「遺体が入ったときに、ここのオフィスで散乱避難所ごとに電話で伝えた」と述べた。ラオス政府は、現在までに行方不明者の数を123人と把握している。被災者は7300人にのぼる。

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ラオスのダム崩壊惨事8日目の30日午前(現地時間)アタプジュサナム間地域でバイクと農業ワゴンなどが泥に変わった道をかろうじて通過している。アタフー/ギムボンギュ選任記者bong9@hani.co.kr

行方不明者が近い将来の家族に戻って手に入れ容易ではないようだ。前日ココン村の近くで平和フェローシップと出会った他のセンチャン村の住民は、「うちの町内円泥が3mの高さに積ま村に帰るのがまったく不可能である。政府が移住するようなデータを近くに用意してくれれば村を移したい」と語った。他センチャンは最も上流側に位置し、町で、住民の間で、今回の事故の被害規模にチョトソン挙げられるところである。このような状況で、完全な発掘作業が行わ長い難しい。
水に洗わ11番死骸が防腐処理のための化学薬品の洗礼を受けた後、きれいなビニールでかちかちくくり枚になった。そうは再びどこかに向かった。死体でも見つけることを望む多くの目がその姿を音もなく見守った。残忍な待つの終わりはまだ遠くに見えた。

アタフー/ジョンジョンフィ記者symbio@hani.co.kr

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Posted by kingcurtis 固定リンクComments(7)企業倫理 
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コメント
被害の実態は明らかにならないような感じだね。

ベトナム戦争でのベトナム人虐殺についでラオス人を虐殺したのだな。
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年08月01日 18:17

ラオス政府も、支那と同じで

被害者数を二桁の少ない数字に

制限命令を発令中、という事ね。

で、政府のエライさんの懐が膨らむのか。
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年08月01日 18:59
ラオスってあれだっけ、もと日本代表のサッカー選手、、。
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年08月01日 23:49
そうそうヴェルディ川崎のMFだったあの選手、、。
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年08月02日 00:22
何度でも繰り返す。
高額な賄賂を払う中韓企業とそれを受け取る政治家と高官。
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年08月02日 02:19
ラオ人の国=ラオス

中国が侵食してるんですけどね。
Posted by んんー at 2018年08月02日 03:42
> 中国が侵食してるんですけどね。

 いちお、アジアの盟主だし、地続きの中国の影響排除なんかあり得ないだろ。カンボジアもタイも王朝(王家)は中国系なんだし。その責任を果たさなかった結果が、日本が大戦せざるを得なかった理由。文句があったら、「掛かってこい」て話な
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年08月02日 11:32
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