2018年06月08日

【映画評】焼肉ドラゴン

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焼肉ドラゴン (角川文庫)
焼肉ドラゴン (角川文庫)

国有地不法占拠のバラック集落で生活する在日美人三姉妹の恋物語。
鄭義信3大戯曲(たとえば野に咲く花のように/焼肉ドラゴン/パーマ屋スミレ)初の映画化。「謝罪と賠償」「強制連行」などセンシティブな政治プロパガンダ描写は一切ありません。思想信条を横に置いて純粋に映画へ没頭できますが、主人公夫妻の行く末が気になり鑑賞後のもやもや感が拭えず。

映画『焼肉ドラゴン』公式サイト 6 22(金)より全国ロードショー

イントロダクション
大きな時代の波に翻弄されながらも、強く逞しく生きる家族たち。 今を生きる全ての人へ贈る、感動の物語。
鄭義信作・演出による舞台「焼肉ドラゴン」は朝日舞台芸術賞グランプリ、読売演劇大賞および最優秀作品賞など数々の演劇賞を受賞。熱狂的な支持を受け2011年・2016年と再演を重ね、多くのファンを魅了しました。そんな演劇界では一流の演出家であり、映画界では『月はどっちに出ている』、『血と骨』などで脚本家としも名高い鄭義信が本作では初監督に挑みます。

そして、長女・静花役に真木よう子、次女・梨花役に井上真央、三女・美花役に桜庭ななみと美人三姉妹が揃い、静花への思いを秘めたまま梨花と結婚する男性・哲男に大泉洋など日本映画界を代表する豪華キャストが集結。さらにキム・サンホ、イ・ジョンウンら韓国の名優が我が子や店に集う騒々しい客たちを、いつも温かなまなざしで優しく包みます。

「小さな焼肉屋の、大きな歴史を描きたい」と語る監督の言葉通り、70年代の時代の記憶、人々のぬくもりが鮮明に蘇り、明日を生きるエネルギーで溢れる人生讃歌の物語に仕上がりました。

「焼肉ドラゴン」のここがすごい!
初演は2008年。初日の幕が開けた後、瞬く間にその口コミが広がり、チケットは争奪戦に。
ソウルでは、感極まった観客の一人が過呼吸になり、救急車で運ばれるという事態も!

読売演劇賞の大賞・最優秀作品賞、朝日舞台芸術賞グランプリなど数多くの賞を受賞し、演劇賞を総なめ!

演劇界では一流の演出家、映画界では「月はどっちに出ている」、「愛を乞うひと」、「血と骨」など(この3作品でキネマ旬報ベストテン脚本賞受賞)で一流の脚本家である鄭義信が“還暦の新人監督”として、初監督に挑戦!

ストーリー
何があっても、本気でぶつかり、本気で生きた。万国博覧会が催された1970(昭和45)年。高度経済成長に浮かれる時代の片隅。関西の地方都市の一角で、ちいさな焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む亭主・龍吉と妻・英順は、静花、梨花、美花の三姉妹と一人息子・時生の6人暮らし。失くした故郷、戦争で奪われた左腕。つらい過去は決して消えないけれど、“たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる”それが龍吉のいつもの口癖だった。そして店の中は、静花の幼馴染・哲男など騒がしい常連客たちでいつも賑わい、ささいなことで、泣いたり笑ったり―。そんな何が起きても強い絆で結ばれた「焼肉ドラゴン」にも、次第に時代の波が押し寄せてくるのだった―。

監督インタビュー
—『焼肉ドラゴン』は2008年に演劇作品として産声を上げたものです。その始まりからお話を伺えますか。

この作品は新国立劇場10周年、韓国の芸術の殿堂(ソウル・アート・センター)20周年を記念し、両劇場で共同制作を行うシリーズの第二弾として企画されたもの。僕の名前を出してくれたのは韓国側の方たちだと聞いています。
日韓合作ということを考えた時、「自分の出自である在日韓国人についての物語を書こう」とすぐ思い至りました。それも、日韓の狭間で時と共に忘れ去られていくであろう人たちを主軸に据えようと。父が日本人の知人から買った国有地(姫路城址の一角)に住んでいたことなど、僕自身と家族の話も盛り込んだのはそのためです。
日韓共に派手なキャスティングだった訳でもないのに、開幕後はあれよあれよと動員が増え、後半はチケットの争奪戦が起きるほどで。

―あの熱狂は凄まじいものでした。ご自身はどう感じられていたのでしょうか。

記憶に鮮明なのは、反響よりも創作過程の大変さです(笑)。スタッフ・俳優共に日韓混成チームでしたが、僕も驚いたのが、日本人以上に韓国チームに在日に対しての知識がなかったこと。教科書にも出てこないことですから仕方ありませんが、韓国チームの中での在日像は極端な富裕層か貧困層のイメージしかなくて、彼らの“普通の暮らし”を知ってもらうことから始めなければいけなかった。結局、韓国の演出家・梁正雄との共同演出という形になり、作品の責任を負う立場になりました。

―1970年代が舞台の『焼肉ドラゴン』を挟み、鄭さんは『たとえば野に咲く花のように』(07年)では朝鮮戦争の特需に沸く九州の港町のダンスホールを、続く『パーマ屋スミレ』(12年)では廃鉱に揺れる同じ九州の炭鉱労働者の家族を題材にしています。この三作は日本の現代史、その種々の転換点と時代に翻弄される人々を描く、鄭さんの近年の仕事の土台となる大切なものに思えます。

日本で生まれ、教育を受け、日本語で物語を紡いでいる僕はまぎれもなく日本の作家です。だから『焼肉ドラゴン』も主人公は在日の家族ですが、舞台も映画も日本の物語の系譜にあると僕は認識しています。特に最近は、年一本は韓国でも演出させてもらう機会がある。結果、余計に自分の出自は日本にあり、そこで創作をしているのだという意識も強くなりました。生まれと環境に培われた、今の僕を成した感性からは逃れようがない。挙げていただいた三作は、そのことを再認識する過程に生まれたものなのだと思います。

―『焼肉ドラゴン』の話に戻ります。戯曲執筆時にはどのような取材を行ったのでしょうか。

当時はまだ、伊丹空港の周辺に僕の子供時代同様に在日の方々が住む家が残っていて、その方たちに70年代の話を伺いました。最近はどんどん、そういった在日の方が肩寄せ合って暮らす場所が関西でも東京でもなくなっている。行政としては、国有地を不法占拠している訳だから立ち退かせたくて仕方ない。行政の担当者が「国有地は売り買いできません」と言っても、僕の父は「醤油屋の佐藤さんから買った」の一点張りで、担当者がひどく困っていたのをよく覚えていますし(笑)、作品の中でそのまま、龍吉のエピソードに使いました。
記憶の中からさえも消えていく、そんな場所や人を記録したいという想いから始まったのが『焼肉ドラゴン』であり、『たとえば〜』と『パーマ屋〜』も含め、後に三部作と言われる作品群だと思っています。

―今回が映画監督デビューとなりますが、鄭さんは、もともと映画の仕事に就きたいという意志を持って上京されたのですよね?

同志社大学を中退したあと、ブラブラしながらひたすら映画を見続けた時期があるんです。「スクリーンの向こうの世界に行きたい」と思い定め、横浜の、当時の放送映画専門学院(現・日本映画大学)で勉強したあと、松竹大船撮影所に勤めて装飾助手、美術助手で働きました。そのあと劇団黒テントに入ったので、はじめは自分が演劇をやるなんて思っていなかった。

―とはいえ演劇活動の傍ら脚本家として映画に携わり、『月はどっちに出ている』(93年)での毎日映画コンクール脚本賞やキネマ旬報脚本賞、『愛を乞う人』(98年)での日本アカデミー賞最優秀脚本賞、アジア太平洋映画祭最優秀脚本賞など、多くの映画賞も受賞していらっしゃる。

演劇と映画、これまでほぼ並行して続けてきたんです。しかも『月は〜』と同じ93年に、演劇でも『ザ・寺山』で第38回岸田國士戯曲賞をいただいて。最初は、演劇の現場では「映画の仕事をしてる人」と呼ばれ、映画の現場では「演劇やってる人」と言われるという、中途半端な立場が楽だと感じていた(笑)。でも映画と演劇で同時に賞をいただいてしまったので、神様が「二足の草鞋で行け!」と言っていると思うことにしたんです(笑)。 

―不本意だったんですか?

(笑)いやいや違いますよ! 僕自身はそんな祀り上げられるような人物ではないし、好き勝手やってきただけですから。 映画も演劇も大好きで、最初は趣味だったものが仕事になったのはとても幸せなことですし、そのうえ自分の仕事の両輪として動かし続けられるなんて本当に恵まれている。今は、二つを無理に区切る必要はないし、映画の神様が「ここに居ていいよ」と言ってくれているのかな、くらいに思っています。

―映画だけに追加されたシーンもいくつかあります。

時生の学校での様子や、哲男と静花が子供時代に夜の空港に忍び込み、静花が足を怪我する場面は、映画版に入れたいと最初から思っていました。どちらもロケ撮影ですが、今作は多くが焼肉店のある集落のセットでの撮影で、ロケで空間も自由度も広がったシーンとのバランスをどう取るかには腐心しました。
もう一つ、ラストは演劇版を踏襲しつつ、映画でしかできないちょっとしたスペクタクルになっていますので、舞台を観た方にも楽しみにしていただきたいと思っています。

―キャストの豪華さも映画版の売りの一つかと思います。撮影時の、俳優陣とのエピソードもお聞かせいただけますか。

撮影の後半、一日がかりで撮ったシーンをリテイクする大きな決断をした時がありました。それを伝えた瞬間に握手を求めて来たのが真木よう子さん。三姉妹が中心の場面でしたが、真木さん自身も前の演出に疑問を持っていたそうで、思ったことをキチンと言葉にしてくれる非常にサバサバした、気持ちの良い女優さんでした。
井上真央さんは“打てば響く人”。監督の要求をすぐ飲み込んで、十全に演技として表現できる素晴らしい女優さんだと思いました。劇中キスシーンがあり、井上さんのパブリック・イメージとは違うと思いつつも「ここは野獣のように積極的に」とお願いしたところ、体当たりで演じて下さった。尚且つ、井上さんらしさもちゃんと映っているんです。その女優魂に敬服しました。
大泉洋さんは11年の再演時に北九州まで舞台を観に来て下さった。純粋に作品のファンでいて下さったところでの、僕との初タッグ。哲男役では、これまでの舞台や映像作品では見たことのない大泉さんの「顔」が撮れたと思っています。
桜庭ななみさんはとにかくフレッシュ。経験値が高いとは言えないけれど、撮影が進むほど尻上がりに良くなっていき、ラストの、恋人・長谷川の妻役である根岸季衣さんとの乱闘シーンは一発OKにしてくれました。若い方の伸びしろはやはりスゴい。それは時生役の大江晋平さんにも感じたことで、とても映画初出演とは思えない存在感を発揮してくれました。
龍吉役のキム・サンホさんと英順役のイ・ジョンウンさんも素晴らしかった。サンホさんは、長い独白を何度リテイクしても完璧に台詞を操り、感情まで乗せて応えてくれましたし、ジョンウンさんは出演が決まった直後から、日本の友人を頼って焼肉店に行ってみるなど入念な準備で撮影に臨んで下さった。皆さん、新人監督をがっちり支えてくれる俳優さんでした。

―次の映画を撮るための構想、次回作の候補などはおありですか?

「映画を撮る」ということは、たくさんの幸運に恵まれないと実現しないことだと思うんです。今回はたくさんの方からの応援と幸運に恵まれて得た貴重な機会。なので「次」も、機会をいただけるなら自作・他作・オリジナルに関わらず、全力で頑張らせていただきます!
それと、 映画の仕事を始めたばかりの頃に組んでいた崔洋一監督に「世の中には幸福な映画と、幸福でない映画があるんだよ」と言われ、当時は意味がよくわからなかったんです。でもこうして実際に撮った『焼肉ドラゴン』は、とても幸福な時間に恵まれた「幸福な映画」になったと思える。そんな現場を共に作って下さったスタッフ、キャストの皆さんに今、心から感謝しています。




無理やり喩えたら「三丁目の夕日」極貧在日朝鮮人編みたいな感じ?ペーソスが効いたノリは「月はどっちに出ている」を彷彿。低迷感否めない真木よう子ですが久々に存在感ある演技。童貞を殺す服がいい。そういや明確な在日女性役は「【映画評】パッチギ!:Birth of Blues」以来?

登場人物の背景として「韓国で借金抱え日本へ逃げてきた」だの「済州島で親兄弟みな殺された」だの万事リアリティ溢れた味付けでして、講談師辛淑玉の十八番「在日神話」類は一切ありませんでした。お父さん、お母さんを演じた役者さんが天然で日本語下手なのですが、在日一世の年齢ではないので不思議でしたがホンモノの韓国の役者さんなんだ。前半中心に字幕が延々流れまして、日本語と韓国語のチャンポン状態が非常に面白い。丁度、今上映しているウェスアンダーソン「【映画評】犬ヶ島」や昨年の「【映画評】お嬢さん」「【映画評】哭声/コクソン」「 【映画評】バンコクナイツ」もそうでしたが、なんか流行ってんの?

舞台設定は伊丹の中村地区だと思われますが、大阪ディープ案内さんサイト閉鎖したの?差し当たりウェブ・アーカイブがありましたので参考貼付。
【伊丹市】大阪空港に隣接する在日コリアン不法占拠地域「中村地区」は現在どうなっているのか - 大阪DEEP案内
当地では博多駅横の御笠川沿いに朝鮮バラックが乱立していました。映画同様、とてもじゃないが部外者が立ち入る雰囲気ではなかったですし、本作が描写する朝鮮スラム感は皮膚感覚で覚えています。茶化していますがこれが端的で面白い。
朝鮮人が川で生活→公営住宅→もうすぐマンションに住める[浜松団地 西日本新聞2006.4.11(火)] Sirent Tears

本作では国有地を「醤油屋の佐藤さんから買った(監督実父モチーフ)」というセリフが繰り返し流れまして、戦後の混乱期にずる賢い在日が多数の在日同胞を食い物にした「ウトロ」なんか設定を微妙にずらし映画化したらいい作品が生まれると思うのですが、役者さんがそんな作品に携わったら人権屋からの嫌がらせが凄いだろうな。とまれ、本作モデルとなった伊丹の中村地区住民は隣接する街へ集団疎開したそうです。焼肉店も複数ある由。

本作家族のようにセーフティネットから転げ落ちたら延々そのままなのか?と問われても、例えば当地でも立志伝中の企業創業者ながら戦後はドラム缶で汲み取りから始めた人もいますし、孫正義さんの祖父もそう。金正恩の実母なんかアメリカン・ドリームみたいなもの。不遇な境遇且つ「在日」という社会身分的ネガティブアドバンテージを背負ってスタートしても、頭のいい人とそうじゃない人では展開が全然違うのでしょう。本作は「有名私立学校進学」という手で打開策を図ります。

全般的に印象薄くなった長男のエピソードについても、同じ様な境遇だった「織原城二」と作中の少年との違いなど考えるに胸が痛くなります。そして朝日新聞的リベラルに騙される長女夫妻。障害を抱えていたのであれば、地上の楽園に舞い降りた瞬間、即死状態だったかも。同様に軍事独裁政権の韓国へ旅立った次女夫婦のその後と併せ、スピンオフで映画化して欲しいですね。南北朝鮮とも、在日朝鮮人に対する民族差別は峻烈を極めたと聞き及びます。
asahi.com(朝日新聞社):「地上の楽園とだまされた」脱北者女性が朝鮮総連提訴 - 北朝鮮関連
戦後の北朝鮮帰国事業 日本のマスコミが犯した「礼賛報道」とは - ライブドアニュース

鄭義信監督には「たとえば野に咲く花のように」「パーマ屋スミレ」も映画化して頂きたい所存。主演は引き続き真木よう子でもいいし、他の在日ルーツ女優さんでもいいですよ。

という事で個人的には「【映画評】万引き家族」とは別の琴線に触れる作品。非常に面白かったです。

そうそう。バンド形式の伊勢佐木町ブルースを聴きましたが(元歌含め)なんで垢抜けないんだろう?これってゴリゴリのR&Bにアレンジ出来ないのかなぁ?声質似ているエイミー・ワインハウスに唄わせたかった。



ブラス・セクションにしてリフも音数減らしリハブみたいなBPMに変えたらいいかも。



満足度(5点満点)
☆☆☆☆

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Posted by kingcurtis 固定リンクComments(3)映画 | 在日問題
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コメント
浜松団地が頭山まん先生墓所の近所ってのが興味深い。
崇福寺から聖福寺にも寄って、中洲をぞめいて天神までずっとフラフラ歩いたの思い出しました。
暑かったけど面白かったなぁ。
Posted by ヤマ at 2018年06月08日 18:35
1970ぼくたちの青春を映画用にリメイクしたらどんな感じになるだろうか
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年06月10日 06:24
実家の近くに、五木ひろしの実夫が住んでましてね・・・離婚と言っても、息子五木ひろしが名を上げるために身を引いたんだと思う・・・(五木ひろし)実母と別れて我が村でひっそりと焼き肉屋をしてた。その焼き肉屋は地元ではとびきり旨い秘伝のタレと肉の仕入れが自慢で、店は汚いけれど、凄い流行ってた。実家で焼き肉と言えば、そこで肉とタレを買って家で焼くのが定番だった。後添えと長く焼き肉屋をしていた後に逝去。後添えは肉を見る目が無いから仕入れに騙されて肉質は落ちていた(肉を買いに行くたびに愚痴ってた)けれど、秘伝のタレは絶品だった。でもな、五木ひろしは、この実夫の後添いも扶養するために呼び寄せているよ。こういう朝鮮人も居る。
Posted by 名無しのぱよぱよちーん at 2018年06月10日 11:43
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