2017年01月05日

【映画評】ヒトラーの忘れもの

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Land Of Mine
Land Of Mine

第二次世界大戦直後の混乱を描いたデンマーク映画。

なんか牧歌的邦題ですね。ヒトラーとか直接の関係ないやん。
原題は「地雷の国(砂の下で)(land of mine Under Sandet)」。

映画『ヒトラーの忘れもの』

イントロダクション
ナチス・ドイツが白い浜辺に残したのは地雷だけだったのか―?
砂の下に封印されていた 真実の物語

第二次大戦後のデンマークで、ナチが埋めた200万個以上の地雷を撤去したのは、大半が15歳から18歳のドイツ人少年兵だった。異国に置き去られた彼らは、母国の罪の償いを強いられるように危険な作業を命じられ、半数近くが死亡、もしくは重傷を負ったという。
デンマーク国内でも知られることのなかった残酷な史実を題材にした本作は、戦争の矛盾に満ちた現実を浮き彫りにし、観る者に問いかけてくる。

人は憎むべき敵を赦すことができるのか?
いかなる残酷な状況においても、生きるための希望を抱き続けることは可能なのか?
美しい海が広がる白い浜辺に残された“真実の物語”が、あなたの心を激しく揺さぶるだろう。

脚本・監督はデンマークの新鋭マーチン・サントフリート。一触即発の地雷除去シーンを生々しいスリルをみなぎらせて描く一方で、敵同士であるデンマーク人軍曹と少年たちの間に芽生える疑似親子のような絆を感動的に映し出す。数々のコントラストが強烈な印象を残す本作は、デンマークのアカデミー賞にあたるロバート賞で作品賞や監督賞を含む6部門を独占。世界各国の国際映画祭でも高く評価され、第28回東京国際映画祭ではラスムスン役のローラン・ムラとセバスチャン役のルイス・ホフマンが揃って最優秀男優賞を受賞した。

ストーリー
帰郷を夢見る少年と 揺れる指揮官
悪夢の中で築かれる絆は、希望となる―

1945年5月、ナチス・ドイツによる5年間の占領から解放されたデンマーク。ドイツ軍が海岸線に埋めた無数の地雷を除去するため、捕虜のドイツ兵たちが駆り出された。セバスチャン、双子のヴェルナーとエルンストらを含む11名は、地雷を扱った経験がほとんどない。彼らを監督するデンマーク軍のラスムスン軍曹は、全員があどけない少年であることに驚くが、初対面の彼らに容赦ない暴力と罵声を浴びせる。

広大な浜辺に這いつくばりながら地雷を見つけ、信管を抜き取る作業は死と背中合わせだった。少年たちは祖国に帰る日を夢見て苛酷な任務に取り組むが、飢えや体調不良に苦しみ、地雷の暴発によってひとりまたひとりと命を落としていく。そんな様子を見て、ナチを激しく憎んでいたラスムスンも、彼らにその罪を償わせることに疑問を抱くようになる。とりわけ純粋な心を持つセバスチャンと打ち解け、二人の間には信頼関係や絆が芽生え始めていた。

やがてラスムスンは、残された任務をやり遂げて帰郷を願う少年たちの切なる思いを叶えてやろうと胸に誓うようになる。しかしその先には思いがけない新たな苦難が待ち受け、ラスムスンは重大な決断を迫られるのだった……。

歴史的背景
『ヒトラーの忘れもの』をめぐる歴史的背景
大阪大学大学院言語文化研究科准教授 古谷大輔

デンマークからドイツに連なるユトランド半島の西海岸は、スカンディナヴィア半島に見られるフィヨルドのような入り組んだ海岸線とは異なり、ブリテン諸島を臨む北海に沿って遠浅の海岸線が続く。その風光明媚な地勢は、半島北端のスケーエンを中心に数多くの芸術家たちの想像力を刺激してきた。また半島南部からネーデルラントにかけて拡がるワッデン海は世界最大の干潟として知られ、その豊かな生態系は世界遺産に登録され保護の対象となっている。

第二次世界大戦はこの豊かで穏やかな海岸の性格を一変させた。1939年9月に勃発した大戦は、1941年6月に独ソ戦、同年12月に太平洋戦争が始まったことで、日独伊の枢軸国と英米ソの連合国とが対立する図式になっていた。1942年にドイツ軍は大西洋側からの英米軍の侵攻に備えて、スカンディナヴィア半島からピレネー山脈へと延びる海岸線に「大西洋の壁」と呼ばれる防御線を築き始めた(下記地図参照)。北海道から沖縄までの日本列島の延長が約3000kmと言われるが、「大西洋の壁」の総延長は約2600km。この長大な防御戦にドイツ軍は無数の砲台、トーチカ、地雷原を築いた。デンマークの西海岸はこの「壁」の約400kmを占め、そこに埋められた地雷は150万を数えたとされる。

第二次大戦の開戦直後、ドイツは地下資源の豊かなノルウェーの占領を目論み、デンマークをその中継地として占領しようとした。1940年4月にドイツ軍はデンマークに侵攻し、デンマークは独立国としての体裁を維持しながら、その軍事的保護下に置かれた。ドイツはプロパガンダの目的もあってデンマークを「モデル保護国」として扱った。デンマークはドイツと防共協定を結び、ドイツの提唱する新たなヨーロッパ秩序に組み込まれたものの、議会制民主主義に基づく政治体制が温存され、国王も政府も亡命することはなかった。しかしデンマークのナチス信奉者への世論の支持や彼らの内閣起用が実現されなかったことからドイツは圧力を強め、1943年にデンマークを軍政下に置いた。これによりデンマークではレジスタンスやサボタージュが刺激され、報復の連鎖が1945年5月のドイツ降伏まで続いた。

「大西洋の壁」構築時のヨーロッパの地図

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バルト海に浮かぶボーンホルム島がソ連軍によって解放されたことを除けば、デンマークの解放に連合軍が関わることはなかった。しかしデンマークに駐屯した20万人を数えるドイツ将兵の扱いは、北ドイツの占領政策を担当したイギリス軍の監督を仰ぐことになった。1945年6月までに19万人程の将兵は武装解除された後にドイツへ移送されたが、残る1万人強は「故国に捨てられた敵国人」として兵籍を外され、傷病兵の移送や収容所での世話を建前にデンマークに残された。大戦末期にドイツで徴兵された者の年齢は10代半ばへと引き下げられことから、デンマークに駐屯した歩兵師団や機甲師団、さらには兵員不足を補うために新たに編成された国民擲弾兵師団には少年兵も含まれていた。こうした者たちが、西海岸の地雷除去を強制させられたのである。

デンマークがドイツとの交戦国であれば1929年に締結された俘虜の待遇に関するジュネーヴ条約がドイツ将兵にも適用され、地雷除去の強制は禁じられただろう。しかしデンマークはドイツの保護国であり交戦下にはなかったため、この条約の適用外にあった。イギリス軍は、ドイツへの復員を待つ者たちの中からドイツ製の地雷に詳しい工兵と彼らを監督するデンマーク将兵から成る地雷特務部隊を結成させ、ここに「故国に捨てられた敵国人」も加わることとなった。この部隊に属したデンマーク将兵は通常の将兵とは異なり、大戦中にイギリスへ渡ってドイツ軍への反攻にむけて訓練されていた者が多かったと言う。本作でローラン・ムラが演じる主人公がイギリス軍式の制服を着用しているのもそのためだろう。イギリス軍は自らの息のかかったデンマーク将兵を登用しながら、ドイツへの復員を待つデンマークに残された数千人のドイツ将兵たちに地雷除去を強制した。

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大戦末期以降、バルト海東岸を占領したソ連の追放策により現地のドイツ人が大挙してユトランド半島を目指したこともあり、終戦直後のデンマークではドイツ人への復讐心と警戒心が入り交じる感情がみられた。しかし他のヨーロッパ諸国と比べれば、復讐の矛先は戦時中にドイツへ協力したデンマーク人への「法の裁き」に限られ、ドイツ人に向かうことはなかった。程なくして冷戦の時代が訪れる。ドイツ難民の問題がデンマークからの資金供与と難民のドイツ帰還で解決され、デンマークは西ドイツと共にアメリカ合衆国の同盟者となった。同じ西側陣営に属する者として、また同じユトランド半島に共存する者としてデンマークとドイツの協力関係が醸成され、地雷除去の強制という事実は表立って議論されることがなかった。

デンマークも「地雷の国(Land of Mine)」ではなかったのかという記憶は、冷戦が終結した後の1998年に『強制の下で』という本が出版されたことで蘇った(本邦未訳)。地雷除去の強制という事実を白日の下にさらしたこの本を読む限り、本作の主人公ラスムスン軍曹のモデルとなっているのはおそらく著者ヘリェ・ヘーイマンの父である。これ以降、デンマークのマスコミや世論は自らが抱える地雷問題の把握と解決に意識的になり、2005年にはデンマーク政府が第二次大戦中の地雷が残されていることを認め、地雷の調査と除去にあたることが約束された。デンマークは1999年に地雷の禁止を求めるオタワ条約を批准していたため、その作業は公には国際法で求められたものだった。しかしそれは、地雷問題の最終的な解決を自ら担うことで地雷除去の強制という罪を自ら贖おうとした姿のようにも見える。21世紀的な観点に立てばユトランド半島の環境保護という点からも、今なお世界に数多く存在する「地雷の国」に模範を示そうとする姿だった。

今でもデンマークの西海岸にはドイツ軍が築いた砲台やトーチカの跡が残り、穏やかな海岸線との間で異様なコントラストを醸し出している。とりわけ本作の終盤に少年兵たちが送られた半島中部に位置するスカリンゲンには、21世紀に入ってもなお5000程の地雷が残されたままだった。「デンマーク最後の地雷原地帯」とされたスカリンゲンの地雷除去は2012年に「完了」が宣言されたものの、翌年には観光客によって未処理の地雷が発見されてしまった。第二次世界大戦の終結から70年を経て「世界一の幸福度」を誇るようになったデンマークも、かつての戦争の経験と記憶からいまだ無縁ではないのである。




客席は70歳以上の爺さん率99%みたいな感じで超満員。加齢臭以前の問題で爺さん固有の変なオーデコロンの臭いが充満し登場人物と同化して吐きそうでした。香水なんて娘が選んでくれたヤツ黙って使っとけばいいのに、なんでチャールズ・ブロンソンみたいな昭和のケダモノの薫りを振りまくの?

内容ですが、プロットは一級品ですが脚本が練れていない感じ。演出も万事冗長気味で、もうちょっとメリハリが欲しかったです。ラストもご都合主義なのでは?しかしよくこんな歴史に埋もれたいい話を発掘しましたね。同時期公開された小国エストニアの「【映画評】こころに剣士を」や軍港呉の「【映画評】この世界の片隅に」もそうですが、枢軸国側の兵士や小市民を描いた映画が続けて公開されることは良きこと。ドラマは敗者の中でこそ光り輝く。ドイツの保護下にあったデンマークは直接の交戦国でないだけに距離感が日本と台湾、日本と韓国を彷彿させますし、幸せの象徴とも称されるデンマーク国民が牙を剥き出しにドイツ少年兵を罵る描写も面白い。この辺は帝国敗戦後を描いた台湾映画でも散見されます。プライドだけは高い韓国では無理な芸当。

そういう意味では不承不承、皇軍の軍属並びに志願兵という市民レベルのみでの大戦参加、国家としてのアリバイは保持しながらも戦勝国の名誉も敗戦国の賊名もなく、日本の尻馬に乗ってアジアを蹂躙し尽くした単なる「戦犯国」という自縛に苦しみ、冷戦のスケープゴートとしてソ連より指名された金日成、アメリカより指名された李承晩が民族同士で殺し合うも世界からは無視され続け日本には養分扱いされた南北朝鮮人民の高慢さ、滑稽さを描いた映画が誕生することを期待。アジアを侵略したのは「日本」でなく「日本と韓国」と堂々と言えるような言動の自由=彼の国が本当の民主主義国家になるまで制作は不能というのは前提の上で。

朝日新聞が絶賛する「韓国光復軍の快進撃」とはセカイ系の起源?
韓国―光復軍の戦いぶりを2ページで asahi.com:朝日新聞 歴史は生きている

満足度(5点満点)
☆☆☆

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Posted by kingcurtis 固定リンクComments(2)映画 | 戦争
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コメント
【チャールズ・ブロンソンみたいな昭和のケダモノの薫り】

う〜ん マンダム。
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2017年01月05日 19:32
そもそも、ヨーロッパ全土に「宗教的に」存在する反ユダヤ(&反共産主義)を、当時の主権者だったドイツ(ナチス党)が施行していただけで、ドイツ(人)が直接ユダヤ人を殺した数より、フランスとかの方が多いというのは、ガン無視なんだよな。この辺りが、ドイツの得しているところ。「ドイツが悪いんじゃ無くて、ナチス党が悪い」と、お互い探られたくない傷というか、スネに傷があるわけで
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2017年01月06日 11:56
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