2016年12月05日

【この世界の片隅に】製作委員会朝日新聞社の検閲と訝しまれた「遊女エピソード削除」は監督の意向「これ以上すずさんを苦しめたくなかった」

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真実 私は「捏造記者」ではない
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こちらの続き。
【映画評】この世界の片隅に

本作でも言及される女子挺身隊は「日本軍より集団拉致された性奴隷」であると世界中へ喧伝した天下のお大尽朝日新聞が製作委員会筆頭で陣取っているのに、なんで毎回毎回クラウドファンディングでお金集めているんだろう?

上述、拙ブログ映画評でも指摘した「リンさん問題」について雑誌「ユリイカ」誌上にて監督が真相を激白。「戦時下だからといって恋愛、家事、セックス、不貞、嫁姑問題など庶民の生活はそう特別なものではない」というのが本作の肝だと認識していますが、夫の元カノや三角関係の描写が可哀想って。編集権は監督の専権事項とはいえこの監督さん大丈夫?旧友が訪ねてきたシーンも頓珍漢なこと言っていたし、時代考証や兵器描写は精緻ながら、総じて恋愛的なモノに神秘性を求め過ぎている過ぎる気が。原作者こうの史代さんは「長い道」なんかでも性的ウィットがあるのにね。

ユリイカ「この世界の片隅に」 感想 【片渕監督の込めた「すず」という少女への愛】 : ナガの映画の果てまで

ユリイカ 2016年11月号 特集=こうの史代 ―『夕凪の街 桜の国』『この世界の片隅に』『ぼおるぺん古事記』から『日の鳥』へユリイカ 2016年11月号 特集=こうの史代 ―『夕凪の街 桜の国』『この世界の片隅に』『ぼおるぺん古事記』から『日の鳥』へ
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(前略) 片渕監督はリンさんのエピソードが大切だったからこそカットしたのである。

 普通の映画監督は、原作の最重要エピソードをカットするなんてことは絶対にしない。なぜなら、それは私が指摘したように、批判の対象とされるわけで、無能監督のレッテルを押されかねない失策だからだ。だが、この監督はあえてそれを実行した。それはこのエピソードをカットすることで、私のようにリンさんの存在感の無さを指摘する人が現れ、それがこの作品の今後の展開につながるかもしれないと考えたからなのであった。

 私がさんざん不満を吐き出していたことすら、片渕監督の意図するところだったのか。私はただただ愕然とした。監督はこの映画版を見て、ぜひとも原作も読んでいただきたいと常々仰っていた。このことから推察すると、あえて映画版を不完全にすることで、原作への入り口の役割を果たしたいと考えていたのかもしれない。

 しかし、この理由だけでは納得しきれないぞ、と思っていると、それに続く部分にまさしく私が求めていた答えが記されていた。監督はダビングの作業をしているときにはじめてこの映画を音付きで全編通して鑑賞したそうだ。その時に、この作品に純粋な恐怖を感じたそうである。

 普通の生活に突如として戦闘機や空襲、爆撃がやって来る。すずは戦争により自分の兄も右手も両親も晴美も、あらゆるものを失っていく。それに加えてリンさんという存在による劣等感に苦しめられる。監督がこの時大きな疑問を抱いたそうだ。戦争でこれだけ苦しめられたすずさんが、その日常部分でリンさんの存在にまで苦しめられたなら、果たしてすずさんは立ち直ることができるのだろうか?救われるのだろうか?そして、監督は2時間という尺の中で、すずさんがこんな苦しみのどん底から立ち直ることはできないと判断したのだ。ゆえに「リンさん」という原作の重要エピソードをカットしたのだ。

 ただ、監督は「リンさん」を忘れていないこと、そしてこうの史代さんの原作に敬意を持っていることを示すために、周作の切り取られたノート、口紅をすずの日常の中に何気なく残し、そしてクラウドファンディングクレジットの下のラフ画で白木リンという少女の生涯を描いたのである。私は、映画を見て監督は「白木リン」というキャラクターをすごく軽視しているのではないかと怒りを感じたが、実際はむしろその真逆で、片渕監督は彼女がすごくこの作品において重要であることを理解したうえで、このような映画版に仕上げたのだと言う事がわかった。

 監督がこの映画でやりたかったのは、「すずさん」というキャラクターに2時間の映画の中で救いを、希望を与えることだったのだ。これが「リンさん」のエピソードをカットした最大の理由だったのである。

これって公開作品なんでしょ?サビ抜きの寿司じゃあるまいし、すずさんが可哀想なのかどうなのか判断するのは監督じゃなく観客側なんだけど?よく話題となる残酷童話の改編版と同じような。この作品が世に伝えたいことって、被爆前の広島市街地の再現とか対空砲火や不発弾のリアルさなの?そういう時代検証やミリタリー性ってのは「ガルパン」系の作品であって「リンさん」を犠牲にしてまでヒューマンドラマたる本作が要求されている要素でないのでは?この監督さん基本的に作品のチョイス間違えていない?

海外版(In This Corner of the World)トレーラーではカットされた「すずさんリンさんコンビ」が挿入されています。1:34。



In This Corner of the World

ユニークな海外の映画評がありましたのでご紹介。監督による「リンさん隠し」を知ったらどういうリアクションするだろう?

クリスチャン・ラデフさんによる『この世界の片隅に』レビュー全訳|きしるなお|note

奪われた時間たちに捧げる詩〜『この世界の片隅に』映画レビュー
2016年11月29日 クリスチャン・ラデフ

この映画を紹介してくれたアニマツ・エンターテインメント重役のひとりジェローム・マザンダラニは「すべてが糞だった2016のような年だが、『この世界の片隅に』があるぞ」と言った。まったくその通りだった。

(中略) だが、映画の終幕が迫っても、やむことのない空襲と戦慄すべき原爆のあとでは登場人物たちの慰めとなるの勝利が訪れることはなかった。最終的に打ちのめされたすずは「報われるはずだったのに!勝つはずだったのに!」という政治よりも実際の生活に根ざした慟哭を漏らす。そのとき我々観客は日本を枢軸国として知っていてもなお胸の潰れる思いがする。悲劇は登場人物たちが最初からそのような運命を背負っていることを我々が映画の始まる以前から知っている、という点にある。だが話は戦争のなりゆきについてだったろうか?我々にとってそうではないし、結局、すずやその家族にとってもそうではない。この映画が戦争についての映画ではなく単に戦中に設定されているにすぎないのとちょうど同じで、すずの生活のほうがそれを規定している環境よりも優先する重要な位置にあるのだ。

消耗し切った、大人にならざるを得なかった、最愛の家族を何人も失った我々のヒロインは呉にとどまる決意を固める。とはいえそこには人生を変える啓示も性格の劇的な変化もない。戦争の虚しさは戦中も戦後も明白である。爆撃はたしかにすずがそれまでずっと親しんできた風景を描く能力を奪ったかもしれない。だからといってその風景がもうないわけでもなければ,そこになかったことになるわけでもない。戦争に苛まれたからといって、すずが人生をまっとうしなかったということにはならない。タイトルが予言するように、この世界の片隅に見つけてもらえたのだ。結局「戦争しているというだけでセミが鳴くのをやめるわけではない」(訳注:Uri Avnryの小説「1948. A Soldier's Tale」 の表現を引用しているらしい)。結局、この映画が思い起こさせるのはこういうことだ:人生とは我々がその悲劇にかまけている間におこるできごとの数々だ、と。

町山先生や宇多丸先生が涙を流して絶賛していますが、当ブログ的にはここまで原作の意図を曲げられると全然楽しくないです。「夕凪の街 桜の国」の悪用映画化は止めてね。お願いだから。

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コメント
クラウドファウンディングはパイロットフィルム制作費で
それを見せて製作委員会集めたってプロデューサーがインタビューで言ってました。
Posted by LICCA at 2016年12月05日 09:41
金集まりすぎた二次募集の件とか
Posted by bob at 2016年12月05日 09:45
昨日のニコ生の岡田斗司夫の番組で、片渕監督が興収10億円行ったら端折ったエピソードを追加の完全版を製作すると言ってた。
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月05日 09:52
完全版作ればまったく問題ないです。手のひら返します
Posted by bob at 2016年12月05日 09:56
ニコ生で真木プロデューサーが語った詳細
真木氏がプロジェクトに途中参加した時には既に全部の画コンテは出来上がっていた。
それを元に試算すると、尺が2時間半で予算が4億円となった。
手を尽くしてカネをかき集めたが、4億は集まらなかった為、2億5千万に予算を圧縮するようシーンを再編集。りんさんの出番を減らしたのは監督の判断。監督は完全版に意欲がまだあるよう。当初の絵コンテを見ている真木プロデューサーも製作費リクープの目途が立ったので、監督の意見をなるべく尊重したいと。なぜなら完全版はもっと良くなるという確信があると。
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月05日 11:07
スピンオフで、りんさん主人公で朝鮮人女衒、慰安婦が出てくるような明るい映画が観たい。
朝日抜きのクラウドファンディングならいくらか出す。
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月05日 11:12
この映画絶賛してるのっておっさんばっかりな気がするのは何故なんでしょう。みんなすずさんにそうあって欲しい素直でけなげな女子像を投影してそうで正直、正直、キモイ。監督の「すずさんがかわいそう」を筆頭として。どうなんでしょう?夫に幼馴染の軍人さんとの一夜をと閉め出されたすずさん。望まれて嫁に行ったはずなのに実は夫には恋仲だった女郎と引き裂かれてすずさんを衝動的と言っていいタイミングで嫁にこうていたという事実があったすずさん。こういう泥臭さも、戦争も原爆を経験してもなおすずさんはすずさんであるということに価値があると思うんですけどねえ。後、この話って周平も含め男性ってあまり重要な位置にいない気がします。戦時中のわりにすずの周りには男性は割と存在しているんですが。そういう意味でも監督が男性でも全く構わないんですが男性的視点での操作はしてほしくなかったです。
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月05日 13:08
そういう意味ではウッディ・アレンが描く女性主役映画は大好き。みんな軽やかで強いわ。
Posted by bob at 2016年12月05日 13:16
原作端折らないキャラの方が能年的にもおいしいかも…
Posted by メタメタふぁいぶ at 2016年12月05日 13:18
完全版商法はR-18の分野だろ(引退松
>夫の元カノや三角関係が可哀想
映画秘宝を全否定しているやんけ‥さんざんエログロだらけなのに何を童帝面しとんねんキモいわ。
>悪用映画化は止めてね
フラグを立てると実現して地獄を見るぞ(赤い悪魔松
Posted by 五月雨祭 at 2016年12月05日 18:18
今までの日本映画のセオリーでいけば、
予算がない中でどこ削るとなれば、当然リンさんエピソードは入れて
精緻な戦闘描写はカットなんですよ。
でも監督はその逆をやった、で、大ヒット
この、シン・ゴジラを彷彿とさせる手法は、今後の流行になりそうな予感がします。
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月05日 20:14
映画「片隅」は観ていて登場人物に終始違和感が拭えず。昭和天皇の少国民、大日本帝国臣民ではなく、今上天皇の日本国民って感じ。

昔「男たちの大和」観に行って「天皇陛下万歳」を誰も叫ばず、靖国もなく(桜のイメージだけ)、エラく近隣諸国に配慮しているな、と思ったら製作委員会に朝日新聞が入っていて思わず納得した記憶もあり、「永遠の0」も加えて、この辺の朝日新聞社の文化戦略こそ、映画ジャーナリズムに取り上げて欲しいんだけど。

実態は「千と千尋」を散々「あれは売春宿で〜」と吹き上げてた方がこっちは華麗にスルーして大絶賛だもんな。ふざけた界隈だ。
Posted by 原作は未読ですが… at 2016年12月05日 20:40
NTR要素については、近親相姦や児ポ並に海外では禁忌とされとる所も
ありますゆえ、嘘も方便の可能性もありますが
全体的に改変部分が悉く薄っぺらすぎて、たとえ完全版が出ても納得でけん
監督ツイッター曰く、年明けから公開館数が増えるそうで
のん(本名:能年玲奈)問題とはなんだったのか

でも長い道を百合成分完全再現でアニメ化してくれるなら、手の平返します!!
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月05日 21:57
宇多丸の欠点は
『政治思想的に自分と合致した作品だと一気にハードルが
下がり、評価が激甘になること』

大林信彦の作品とか…

その点を除けば信用できるんだけどな。
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月06日 00:30
映画には尺というものがあるんですよ
リンさんのエピソードを大幅に削ったからといって
原作の意図が歪められたとまで言うのは
さすがに脚色というものを知らなすぎでしょう
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月06日 00:35
何も考えずに観た感想としては、とても良い作品だと思いました。
能年玲奈さんの声や話し方は、好きでは無いのですが、この作品に限っては、とても合っていたように思います。
ただクラウドファンディングだけは、腹が立ちます。
一般のファンからお金を集め、自分たちの出資のリスクを減らして儲けだけを制作委員が得るという汚いやり方がこれからの映画界の主流となる見本を作ってしまったと思ったのは私だけでしょうか?

Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月06日 00:49
原作や脚本が別にある作品の、
たかが監督風情に、なにを決める権利があるのか、と。

思い上がんな原作レイプ犯。>クソ監督
Posted by んんー at 2016年12月06日 02:34
>脚色というものを知らなすぎ

脚色って「聲の形」で例えれば、映画製作のエピソードを丸々抜いても。原作の意図をしっかり伝えるような技巧をいうんじゃないかと。

こちらの場合、むしろ大作映画の地上波放映で、放送時間の関係で尺をカットしたら話の辻褄が合わなくなるケースに近いと感じがするけどね。
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月06日 21:12
素敵じゃない!
んー、あなた狂っとる!
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月06日 23:42
監督は『BLACK LAGOON』の人。
Posted by 名無しさんはデマに苦しんでいます at 2016年12月07日 23:49
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