2016年10月19日

【映画評】少女

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少女 (ハヤカワ・ミステリワールド)
少女 (ハヤカワ・ミステリワールド)

タイミング的に「青森いじめ少女自殺事件」とオーバーラップしました。
【津軽手踊り】黒石市長が嫌悪を露わにしたイジメ自殺少女最後の艶姿(享年13)

予告編やキービジュアルから受けた印象は「学園ホラー」でしたが、中身は中二病的な青春群像モノ。「人が死ぬ瞬間を見たい」というキャッチコピーを殊更強調するミスリードは興行的にどうなんでしょう?売上ガタガタみたいですし、死ぬ瞬間さほど関係ないのですが。

映画『少女』公式サイト

イントロダクション
17歳。子供でもない大人でもない、危うい年齢の少女たちを主人公にした映画はこれまでにも数多く作られてきた。アンジェリーナ・ジョリーにオスカーをもたらした『17歳のカルテ』やフランソワ・オゾン監督の『17歳』、キャリー・マリガンを一躍有名にした『17歳の肖像』など、17歳というキーワードは映画と縁が深い。そして2016年。湊かなえ(原作)×三島有紀子(監督)×本田翼×山本美月=4人の“女性たち”が仕掛ける、“死”にまつわる禁断の世界を描いた長編ミステリー『少女』もまた17歳の少女たちの物語だ。 ヨル(夜)の綱渡り──。『少女』のヒロインたちは暗闇のなかで綱渡りをしているような、そんな危うい毎日を生きている。彼女たちはどんな闇を抱えて生きているのか。17歳の少女のなかに潜む“闇”を艶美に繊細に力強く映し出していく、期待の映画化だ。 原作は、映画『告白』『白ゆき姫殺人事件』、連続ドラマ「贖罪」「夜行観覧車」「Nのために」など映像化作品のすべてが大ヒットを記録している、湊かなえの同名小説「少女」。第6回本屋大賞を受賞した「告白」の後に発表され、現在文庫100万部を超えるベストセラーの映画化だ。

心に闇を抱える由紀と敦子。2人の女子高校生が「死体って見たことある?」という転校生の何気ないひと言をきっかけに、死とは何なのか? 死を知りたいという願望に囚われる。“本当の死”を理解できたら闇から解放されるのではないか──少女たちはそれぞれの方法で“死の瞬間”を見ようとする。それは何とも刺激的で衝撃的な物語の始まりだった──。 主人公の由紀と、その親友・敦子を演じるのは、本田翼と山本美月。十代の恋の切なさや楽しさを描いた青春映画『アオハライド』の主演など、数多くの映画やドラマを経て着実に女優としてステップアップする本田翼。一方、格差社会の縮図としての高校生活をリアルに描いた『桐島、部活やめるってよ』からホラー映画『貞子vs伽椰子』まで、幅広いジャンルで活躍する山本美月。明るい、爽やか、元気という形容詞の似合う人気実力派の2人が映画『少女』ではこれまでにない一面を披露している。また、真剣佑、佐藤玲、児嶋一哉、稲垣吾郎が脇を固める。

2人の若き女優の新しい顔を引き出したのは、三島有紀子監督。モントリオール世界映画祭特別招待作品『ぶどうのなみだ』、人気コミックの映画化『繕い裁つ人』など、女性の心を惹きつけてやまない三島監督が純粋さと残酷さ、儚さと強さ、青春とミステリーを内包する湊かなえワールドに挑み、新しい題材、新しい表現で、極上のエンターテイメントを生み出した。

自分自身に向ける「死にたい」という想い、他者に向ける「死ねばいいのに」という想い。死というものが何なのか分からないからこそ、少女たちは死に興味を持つ。女子校のなかに潜む闇、そこで生きる2人の少女が抱える闇、物語が進むにつれて点と点がつながっていく。そして“死”というキーワードによって導き出される結末には一体、何があるのか? ヨルの綱渡りの先にあるものとは……。

ストーリー
――人が死ぬ瞬間を見てみたい。本当の意味で「死」に向き合えると思うから。
高校2年生の夏休み、由紀は小児科病棟でボランティアをしていた。夏休みに入る少し前、転校生の紫織が「親友の死体を見たことがある」と少し自慢げに話していたことに、言い知れぬ違和感と、ちょっとした羨ましさを感じたのだ…。それならば自分は紫織よりも強く「死」の瞬間を目撃したい。そして、その時を誰よりも面白く演出したいと考えた由紀は、残酷にも短い生命を終えようとしている少年たちと仲良くなり、自らの思いを遂げようと画策していた。

一方、由紀の親友である敦子もまた、由紀には告げずに老人ホームでのボランティアに出かけていた。陰湿ないじめにあい、生きる気力を失いかけていた敦子は、人が死ぬ瞬間を見れば、生きる勇気を持てるのではないかという淡い期待を持っていた…。 高校2年生の夏。心に闇を抱えた「少女」たちの衝撃的な夏休みが今、始まる…。

監督インタビュー
 いつか、17歳を主人公にした映画を撮りたいと思っていました。自分勝手で尺度もはっきりしていないのに自我が強く、それでいて傷つきやすい、そういう少女たちを一度、描いてみたかったんです。17歳くらいって、大人からすれば「キラキラしていて、人生で一番良い季節」に映っていたとしても、実際はとても狭い世界でいろんなことが起きていて、生きづらさを感じている事が多いように思います。もしかすると暗闇の中を息を殺して進んでいる感覚に近いかもしれません。そういう青春もある。キラキラとしている青春なんて自分にはなかった、とよく聞く事がありますが、こういう青春こそが“青春”で“17歳”だと感じていました。

 湊かなえさんの原作を読んだとき、正直、物語として映画化するのはとても難しいだろうなと思いました。ですが、そこに書かれていた“夜の綱渡り”という言葉はまさに17歳の感覚そのもので、なんてぴったりな表現なのだろうと釘付けになりましたし、何より主人公が疾走するシーンの映像が鮮やかに浮かびました。原作の設定とは違いますが、海辺の美しい夕景の中を疾走する少女の姿です。自分が映画にしたいと思う基準のひとつに、映像が浮かぶかどうかというのがあります。それで「17歳」「夜の綱渡り」「疾走」をキーワードにプロットを書き始め、松井香奈さんと二人三脚で脚本を作りました。自分勝手で繊細な少女たちの青春映画に仕上がったと思います。

 17歳は“死”と背中合わせの時期かもしれません。この映画のなかでも、敦子は「死にたい」とつぶやき、由紀は「死ね」と口走る。簡単に人のことを「死ね」と思うし、自分も「死にたい」と思う。紫織が語るように「リアルじゃない」からかもしれません。むしろ、非常にリアルなのかもしれません。いずれにしろ、死を考える事は生を考える事、少女二人にとっての「生とは何か」を見つめたいと思いました。

 原作では「人の死を見たことがあるか」というのが(人間の)裏側を見るきっかけになっていますが、映画ではそこを起点にはしていません。17歳にとって、何が死に近いほど嫌なことなのかを考え続けました。自我が肥大しているその子たちが傷つくのは、その肥大した自我が崩壊して、尊厳を傷付けられた時なのではないかと。尊厳を傷つけられる度に、それぞれの裏側に隠していた“闇”がめくられ死を意識していく。その中で「人の死を見たことがあるか」と問われて行動に拍車がかかっていく、というのが面白いんじゃないかと。

 私にとって闇とは──たとえば、森の中に誰も触れていない石があって、その石をめくって裏側を見たいけれど怖くて見ることができない、でもめくるとうわっと蠢(うごめ)く何か──のようなものではないかと思っています。石の裏を見なければ、森に差し込む光の輝き、木々の緑の瑞々しさ、美しいものだけを見て進めるのに、石をめくってしまうことで見たくないものまで見えてしまう。この映画では、石の裏をどんどんめくってしまう、そんな感覚を目指しました。

 由紀も敦子も、気持ちの流れを繊細に演じなくてはならない難しい役ですが、全然違うイメージの役者さんに演じてもらえたら面白いと思いました。笑顔が魅力的で明るくキラキラと輝いているイメージの人に自分勝手で繊細な女子高生を演じてもらいたい。そして、その役を演じる事で今まで見たことのないその人を映画に焼きつけられたら面白いなと。それが本田翼さんと山本美月さんにお願いした理由です。2人ともタイプが全然違うので、演出も違ってきます。本田さんは、動きや言い方を具体的に説明することで、そこから広げて演じてくれる役者さんでした。山本さんは、具体的な事を言わずに、このシーンに至るまでの気持ちを耳元でささやく、するとみるみる表情が作られていく。2人とも違う意味で感度の高い魅力的な役者さんです。

 本田さんは、憂いをおびた表情がとても魅力的で。私は現場で彼女の事を「生意気シャルロット」と呼んでいたくらいです(笑)。クランクインは映画の冒頭、終業式のシーンでした。最初のシーンは本田さんのアップ、遺書を語るところから始めたかった。瞳のなかにどれだけ理不尽な怒りを込められるかが鍵だと思ったので、いままで生きてきた中で経験した、理不尽な怒りをぜんぶ思い出してほしい、そのすべてがキャメラの向こう側にあると思って演じてほしいと伝えました。とても良かったです。この時の目で由紀というキャラクターが生まれました。その目によって、由紀は不機嫌で何かを抱えているようだけど、何を考えているのか分からないキャラクターだと映る。由紀はどんな人間なんだろう? 誰を憎んでいるの? 死を見たいって、人を殺しちゃうの? どうなの? と追いかけていくと、最後の最後で一番の核の部分──由紀はどんな人間で、どんなことを思っていたのか、敦子への想いが見えてくる。そこへ向かっていくミステリーでもあるんです。

 一方、山本さんの演じる敦子は、剣道部で全国優勝の経験があって、明るくて強い、心身共に健康的なキャラクターです。元々の敦子の性格は山本さんと近いと思います。でも、ある出来事がきっかけで自信を失い、いじめられてボロボロになるのですが、そんな敦子をどこまで演じられるのかが山本さんの挑戦だったと思います。人気者が崩壊して行く様を繊細に演じてくれました。なかでも印象に残っているのは、高雄の部屋で由紀の書いた小説を最後まで読むお芝居。手持ちキャメラで長回しで、10テイク以上撮りましたが、納得するまでやりたいという根性を強く感じました。

 2人とも、負の感情=闇とひたすら向き合わなければならなかったわけです。それは役者にとっては苦しい事です。だからこそ逃げ道を作りたくなかった。撮影中は2人に対し、家に帰って美味しいものを食べてほっこりしたり、友達に愚痴を吐き出してスッキリしてほしくなかった。地方に泊まり込んで撮影することで、自分の演じるキャラクターから逃げられないようにしました。そのかわり、それぞれの抱える闇に私自身もずっと寄り添うから、と。一人にはさせないから、と。それは他の登場人物(役者)に対しても同じです。全員が(母親や父親役も)闇を抱えている役なので、たとえ何が起きても、その人の膿が見えても、踏みとどまって闇を一緒に見続けようと思い、とにかく役者さんに寄り添っていました。

 冒頭で由紀たちが読み上げる遺書は、原作では、ある一人の少女の遺書です。これこそ少女たち全員の静かな怒りであり心の叫びだと感じ、全員で読み上げる演劇的なシーンから始める事にしました。そして、この中の誰が死の底へ堕ちていくのか? というミステリーとして描こうと思いました。誰が死んでもおかしくないし、これは誰かの特別な話ではなく、少女みんなの物語ということです。「空気もたくさん読んだし、悪口もたくさん聞いてあげた」という台詞やLINEのやりとりなど、実際の女子高生たちに話を聞いて、どんどん台詞を足していきました。

 全体的には、少女たちの息苦しさや閉塞感を映像的にどう表現するかをずっと考えていました。映画は「遺書」という台詞で、演劇的に叫ばれる少女たちの静かな怒りから始まって、(原作の設定とは違う)規律正しい女子高という空間、そこで演じられる猴達瓩箸硫駭辰簑崚戞伝統行事としての一糸乱れぬメイポールダンス、美しいからこそ脆く儚く感じるロケ場所や美術や衣裳を盛り込んでいきました。あとは“息苦しさ”や“死”のイメージとして“水”“水辺”“水中の少女たち”を撮る事にしました。そして、ラストの由紀と敦子が語るシーンの高台です。原作では街の中にある公園でしたが、「世界は広い」ということをどうしても視覚的に見せたかったので、自分たちの生きる場所を客観的に見られる場所でなくてはならなかった。それを撮ることのできる場所としてロケする街を選びました。

 この映画は“友情”の話でもあります。女子同士のコミュニケーションは複雑で、そこに真の友情関係があるかないかは、信じる事でしか証明できないように思います。少しでも疑い始めると、そこから簡単に崩れていく。日本映画ではあまり描かれない「女の友情は、生きる事に必要か。必要でないのか」を見つめたいとも思いました。自分の勝手な解釈ですが、闇は暗くて怖いものではあるけれど、醜いものを隠してくれる、逃げ込める場所にもなりえると思うのです。そこには、何も見えない誰からも見られない「自由」が広がっているかもしれません。光りが希望か、闇が絶望か、そうではないのではないかと感じるのです。主人公たちも死を口にしながら、闇の中でずっと“自分にとって本当に生きていると言えることは何なのか”を探し続けています。それは、何かをしている時なのかもしれませんし、誰かの手を握っていることなのかもしれません。闇だから見えてくる事があると思うのです。むしろ、考えない人には闇は存在しないのではないでしょうか。

 いろんな闇を抱えて「夜の綱渡り」を続けている人にとって、この映画が闇の逃げ場所となり、そこから本当の意味で“生きていると思える何か”が見えてくるきっかけになったら、ほんとうに幸せです。




映画『少女』公式サイト

エンディングは「淵に立つ」及び「キッズ・リターン」のハイブリッド。話の筋も映画の組み立て方も娯楽作品としては程よい手頃感でしたが、御年24〜25のダブル主演女優人選に違和感。お二人共にテレビドラマではOL役でご活躍中でして、素で考えたら女教師役なのに女子高校生コスプレ。完全にミスキャストでは?普通に考えたら小松菜奈とか中条あやみ、広瀬すず、千年ちゃん辺りですよね。

原作未読ですがそれなりに端折っている感は伝わりまして、稲垣吾郎ちゃんエピソードは良いとしても、佐藤玲さんパートはもっと観たかった。とはいえ最近邦画で流行りの前編〜後編は大嫌いなので、二時間枠に収めるならこれはこれで仕方ないか。唯、真剣佑は映画とかテレビドラマとかいくつか観ましたが印象薄いですね。観葉植物みたいな感じ。

結論ですが、このストーリーなら1クールのテレビドラマが最適なのでは?広げた風呂敷はそれぞれ回収出来ていますが喰い足らない。もうちょっと掘り下げて欲しいです。乃至、映画化前提ならもっとエピソードを剪定すべきでは?

満足度(5点満点)
☆☆☆

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Posted by kingcurtis 固定リンクComments(1)映画 
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コメント
各映画サイトでの評価は厳しいようですね。
稲垣吾郎がよかった。
私が見た劇場では我々夫婦を含めても観客は6人でしたが、
私は楽しめました。
Posted by worldwalker's weblog(・∀・)! at 2016年10月20日 09:32
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