2014年04月15日

【シド・バレット】炎〜あなたがここにいてほしい〜

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炎~あなたがここにいてほしい~
炎~あなたがここにいてほしい~

朝焼けの仮面ライダーさんがシド・バレットの丸パクリというのはここだけの話。

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シド・バレット:『炎』エピソード

 75年1月にスタジオ入りして以来、ピンク・フロイドのメンバーは誰もが活気を失っていた。
 突然訪れた『狂気』の大成功と、それに伴うツアー。そこまではまだ、さしたる問題はなかった。成功を勝ち得たという栄光に、4人は瞳を輝かせていた。しかしその輝きがさらなる前進を求め、新たな楽曲を製作したのに、問題は起因した。

 新たな楽曲――「狂ったダイアモンド」「レイヴィング・アンド・ドゥルーリング」「ユーヴ・ガッタ・ビー・クレイジー」の3曲――は『狂気』レコーディング前にその組曲すべてを披露していたように、ごくごく当然に披露されていた。作曲者であるフロイドにとっては、当然に。

 しかしリスナーや海賊盤業者にとっては、それは当然ではなかった。発表前の曲が披露されるということは慣習ではあっても、中にはやはり、その曲をレコーディングされるより早く聴きたいと願うリスナーや、それに付け入る業者がいた。

 そう、有名な海賊盤“BRITISH WINTER TOUR '74”の登場という事態を、フロイドの成功は招いてしまったのだ。

 ライヴでの前評判や『狂気』の成功も相俟って、その海賊盤は大層な売れ行きを見せた。それがフロイドの新譜であると思い込んでしまった者も少なくないと聞く。これは、現在でも同盤を音源とした海賊盤が広く流布していることからも明らかである。それが売れてしまったという事実は、フロイドにとっての大ショックとなった。自分達が正式に発表していない、まだ試作段階の曲をバラされてしまうなど……。

 種を明かされた電気の魔術師、
 魔術師は、やはり人間だったのだ。既にネタがバレているマジックを、誰が好き好んで披露しようか? 道化役者ならばそれも可能だろう。しかしフロイドは、魔術師との賛辞を受けてきた存在だったのだ。奇跡と思わせてきたことが、単なる事実に過ぎないと暴露された今、彼らには奇跡が存在しなくなった――それも、海賊盤業者というまったくの第三者のせいで。

 以来、彼らは未発表曲を先んじて披露することをぱったりとやめた。
 そうでもしないと、スタジオの雰囲気は悪化する一方だっただろう。


 バンドは「狂ったダイアモンド」と題された曲をデヴィッド・ギルモアのギター・フレーズから展開していくことになった。どうにか、全員がインスパイアを受けることができたのだ。そこへリックが、独特の浮遊するようなシンセサイザーの波を構築していった。

 普段の作業が、ようやくにして始まったという感があった。
 そうしてレコーディングが順調になり出した頃、いつものようにアビィ・ロード・スタジオに入ったリックは、ロジャー・ウォーターズがミキシングをしているのをまず見た。そしてその背後のソファに、太った禿げ頭の男――16ストーン(約102キロ)ほどもあるのではないかと思われる男――が座っているのを見た。灰色のスラックスと、メッシュ織り地のチョッキ姿の男を。

 どうせレコーディングに関係する誰かだろう、リックは特に気にも留めず、レコーディングを再開しようとした。セッション・マンだかスタッフだか解らないけど、きっとそういう誰かなんだろう。
 そこへロジャーが声をかけた。
「リック、この男が誰か解るかい?」
 そう問われたリックは、再び太った男を見た。
「さあ? スタッフじゃないのか」
 何の気なしに答えるリックに、ロジャーは、苦々しく言い放った。
「シドだよ」
 リックは、目を剥いて男を見詰め直す。シドだって?……そこに座る男は、ただの肥った男だ。それがシドだと言うのなら、いつでもカーリー・ヘアだった頭髪だってありやしない。まるでシドだという確証はない。
 その瞳を、除いては。

 男の瞳は、紛れもないあのシド・バレットのものだった。闇の向こうを見詰めるような鋭い視線、しかし虚空をじっと見詰めるだけの孤独な視線――何てことだ! リックは慌てて男のもとへ駆け寄った。
「シドかい? どうしたっていうんだ! そんなに……肥ってしまって」
 シドと呼ばれた男は、薄ら笑みを浮かべたまま応じた。
「台所に大きな冷蔵庫が置いてあるんだ。それに豚肉をたくさん食べていたからさ」
 この言葉を他の誰かが言えばジョークで済んだかも知れない。しかしリックには、皮肉としか思えなかった。
 そして、何も言えなかった。

 するとシドは、急に立ち上がった。ポケットから歯ブラシを取り出し、突然歯を磨き出す。磨き終わるとブラシをまたしまい、ソファに座る。そしてまた立ち上がり、歯を磨く……その動作を、何度も繰り返していた。
 悲嘆に暮れ、茫然自失の状態となったリック。彼に、ふとシドは話しかけてきた。
「さあ、僕はどのパートにギターを入れようか?」
 シドは、自分が未だフロイドのメンバーであると思い込んでいたのだ!
 リックは、その言葉に悲痛なものを感じずにはいられなかった。シドはそう言いながらも、自分のギターなど持ってきてもいない。涙をこらえ、リックはシドに、できるだけ優しく言葉を返した。
「ごめんな、シド。ギターのパートはもう全部、録音してしまったんだよ」
 それは無論、偽りだった。バンドはまだ曲を構築している段階だった。しかし、そうでも言わなければシドをモティーフとした曲をシドがレコーディングするという、奇怪な事態を回避することはできなかった。
「そうかい」
 シドはにこやかに、ソファに座り直した。
「何か僕にできることがあったら言ってよ。いつでも躰を空けておくからね」
 そしていつまでも、笑っていた。

 ミキシング卓から、ロジャーの啜り泣く声が聞こえる。リックは目を閉じ、祈るほかなかった。
 この男が、本当はシド・バレットなんかではないことを――
 ロジャーは啜り泣きをどうにか止め、ミキシングを繰り返した。そうしてテープをプレイバックし、ベスト・ミックスを得ようとあがいた。シドが現れたという混乱もあって、その作業はなかなかにはかどるものではなかった。
 ロジャーの悲哀が苛立ちになった頃、シドは今度はロジャーに問いかけた。
「どうしてそんなに何回も聴き返すんだい?」
 声のあった方向に振り向くロジャー。するとそこには、純朴な疑問の表情を浮かべたシドがいた。
「一度聴いたらそれで充分じゃないのかい?」
 その発言に、ロジャーは天才と謳われたシドを思い出していた――そうだ、この男はいつでもレコーディングは一発で済ませてやがった。現に、それだけの才能があったんだ!――そして何も、言い返すことができなかった。
 それはリックも、同然だった。いや寧ろ、ここで何か発言できる人間がいようか? 英雄と崇められた男シド・バレット、その現実の姿をまじまじと見せ付けられて!
 ふたりは、黙り込んだ。
 しかしシドは、ずっと、微笑み続けていた……。

「そういうことが、あったんだ」
 ロジャーは『炎』リリース後に自宅へ訪れた記者に、シドとの再会を話し終えたところだった。テーブルに置かれた紅茶は既に、両者ともに冷めきっている。それを無表情に啜るロジャー。記者は、ペンを進めることさえも忘れていた。

(以下略、続きはリンク先で)

通説では、「炎」一曲目の「狂ったダイヤモンド」がシド・バレットへ捧げた曲。



海外記事翻訳:Genius Next Door-シド・バレットの隣人デヴィッド・ソアによる回顧録(2006年12月3日のMail On Sundayより)A Cinematic Museum (of Arnold Killshot)

(前略)

攻撃的でないときの彼は非常にもの静かだった。彼の家からテレビの音が聞こえたことは決してなかった。彼が音楽を流しているのを聞いたことはわずかにあったが―それはいつもクラシックかモダン・ジャズで、ポップスや彼自身の音楽であったことは一度もなかった。

晩年になってから、彼の常軌を逸したふるまいは次第に収まってゆき、絶叫もともに止んだ。それでもときどき例のたき火が起こることがあったけれど。わたしたちは彼からクリスマスカードをもらうことが2,3回あった。それは彼の手作りで、クリスマスの絵柄―ベルやひいらぎが白いカードに美しく描かれていた。「楽しいクリスマスを、ロジャーより」と、メッセージには書かれていた。ある年のこと、わたしは新聞でその日が彼の誕生日だということを知り、彼の郵便受けにカードを投げ込んだ。その次に彼に会うと、彼は「こんにちは」と言って2,3秒のあいだわたしの視線をじっくり受け止めていた。ありがとう、とわたしに言いたいようだった。彼への恐怖はなくなっていたから、わたしは胸が焦がれるような思いがした。彼の魂は深く苦しみ抜き、何よりも同情に値するものであると、わたしにはわかっていた。

シドは7月、糖尿病の合併症により自宅で亡くなった。彼は60歳で、それ以前にアデンブルックの病院に3週間ほど入院していた。彼が帰宅したとき、彼の妹は住み込みの介護人が必要になるだろうとわたしたちに言った。彼がすぐ亡くなったので、彼はたった1日と半日だけしか家にいなかったことになる。彼の家は最近人の手に渡ったが、それが売りに出されたときわたしは家の中を見に行った。彼の家の色の構図はとても面白いといえるもので―ある部屋はオレンジで、またある部屋はブルー、いくつかはオレンジとブルーとピンクの組み合わせになっていた―、もろくてがたがたの棚が寄せ集められていた台所は、シド自らの工夫が失敗だらけの冒険に終わったことの名残りをとどめていた。ひとつのイメージがわたしから離れなくなった。おもちゃのカバがドアのハンドルに釘でとめられていたのだ。計り知れず奇天烈で、そう、少しばかりいかれたシドならではであった。彼が亡くなったのは残念だったが―彼が恋しいと思うことは、おそらくないだろう。

フロイドのオリジナル・メンバー、シド・バレットが死去 | Syd Barrett | BARKS音楽ニュース
2006-07-12 11:08
7月7日、ピンク・フロイドのオリジナル・メンバー、シド・バレットが亡くなった。60歳だった。

バレットは、'65年に学友ロジャー・ウォーターズ、リチャード・ライト、ニック・メイソンと共にピンク・フロイド・サウンドを結成。「See Emily Play」「Arnold Lyne」などのヒット曲を生み出した後、1stアルバム『The Piper At The Gates Of Dawn』('67年)を発表した。しかし間もなく、ドラッグ過量摂取により精神のバランスを崩し、'70年にバンドを脱退。その後、2枚のソロ・アルバム(『The Madcap Laughs』『Barrett』)を発表したが、70年代半ばからはケンブリッジの実家に引きこもり隠遁生活を送っていた。

ピンク・フロイドのスポークスマンによると、「バレットは、穏やかに亡くなった」という。今後、身内だけで密葬が行なわれる予定。元バンド・メイトは「バンドは、シド・バレットの死を知り、当然のこととても動揺し悲しんでいる。シドは、バンド初期のガイド役であり、この先も後世に影響を与え続けるであろう遺産を残してくれた」と声明を発表している。

レストインピース。

【関連エントリー】
ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ「イスラエルのパレスチナ政策がナチスと一緒」

by カエレバ
by カエレバ

Posted by kingcurtis 固定リンクComments(1)音楽 | 精神崩壊
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コメント
LSDは1940年代に精神療法とくにアルコール性統合失調症治療薬で売られて1960年代には日常逃避の為だったよう。
turn on, tune in, drop out!ってね。
Posted by 奈々子 at 2014年04月15日 15:25
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