2012年02月25日

「南京大虐殺」は文化大革命失敗を隠蔽したい朝日新聞によるステルスマーケティング

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抗日戦争中、中国共産党は何をしていたか―覆い隠された歴史の真実
抗日戦争中、中国共産党は何をしていたか―覆い隠された歴史の真実

ステマと書きたかっただけのエントリー
その前に、事実上の中国共産党からのステートメント。

歴史の抹殺は中日関係の未来を破壊する行為 人民日報

 名古屋市長の河村たかしは20日、来訪した南京市代表団に面と向かって、「南京大虐殺」の存在を公然と否定した。21日夜、南京市は34年来友好都市関係にある名古屋市との「交流停止」を発表した。中国側の強い憤りと厳正な申し入れを前に、河村たかしは謬論の撤回を拒否したばかりか、厚かましくも南京との友好関係を変わらずに維持したいと主張した。北京日報が伝えた。

 歴史問題はかねてより中日交流における最大の懸念事項であり、避けられないしこりでもある。第二次世界大戦で中国は最も凄惨な戦場の1つとなった。日本軍が中国で犯した数々の許されぬ犯罪行為は、ドイツ軍が欧州で犯した罪よりいささかも軽くなく、東条英機の両手を染める鮮血は、ヒトラーよりいささかも少なくない。この世のものとは思われないほど残虐な南京大虐殺は世界文明史上、最も暗黒で、最も恥ずべき1ページだ。これは戦後の極東国際軍事裁判、南京軍事裁判、および国際社会が共に認めた事実であり、動かぬ証拠があり、歪曲は許されない。中日国交正常化40周年、そして両都市の「友好」が30数年続いた後に、市長の立場である河村たかしはなんと、これほどの根本的是非である歴史問題において露骨ないいがかりをつけた。これは中国人の心の底の最も痛む場所に刃物を突き立てるだけでなく、日本人自らの横面をも手痛くはたく行為である。

 歴史の忘却は裏切りに等しい。だがそれよりも人々が嘲笑しているのは、市長ともあろうこの御方のロジックである。河村たかしによると、彼が「南京大虐殺」があったはずはないと考える理由は、その父がかつて中国を侵略した日本兵で戦争終結まで南京にいたが、南京市民が「親切で、気を遣ってくれた」ことが「理解できない」というものだ。侵略者の子孫である河村たかしは、中国人が人道的見地から捕虜を寛大に扱ったことを理解できないと言う。中国人が善良な天性から多くの日本人孤児を育てたことも、彼にはおそらく理解できないのだろう。このような馬鹿なロジックに従うのなら、第二次大戦後日本が米国の言うなりの忠実な弟分になったことは、広島、長崎の悲劇が起きたはずはないとの証明になるのか?それとも日本という国が圧力と砲弾しか「理解」できないとの証明なのか?貴い寛容に対して、恩を感じて徳に報いるのではなく、反対に恩を仇で返し、相手の「大きな善」を利用して自らの「大きな悪」を帳消しにしようと愚かにも企む。その面構えの醜悪さ、心の陰険さは明々白々だ。この類の人物が政界に紛れ込んでいることは、日本の悲哀と言わざるを得ない。

 河村たかしは道理を説いても受けつけないが、その発言は断じて「個人的見解」として済ませられるような単純なものではない。ひどく強硬に歴史を抹殺しようとする河村たかしの偏屈な姿勢は、決して父だけに由来するものでもない。実際、日本国内では侵略の歴史と侵略者を美化し、定説を覆そうとする動きが後を絶たない。表に出て大いに放言し、靖国神社に駆けつけて大げさなパフォーマンスをするのは、往々にして政界、経済界、文化界の大物だ。この中には歴史研究や学術討論の名目を掲げて「南京大虐殺」などの問題で論陣を張っては大騒ぎをし、日本軍の犯した激怒すべき残虐行為に対しては目を開けていながら頑なに認めない者も少なくなく、「大虐殺も慰安婦も嘘だ」「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」などのでたらめな発言が後を絶たない。黒を白と言いくるめるこうした行為は、日本の侵略でひどい苦しみを味わった国から激しく非難され、日本国内の有識者からも批判され、反対されている。それでも小さくない市場を持ち、日本国民を欺き、害し続けている。

 過去数十年来、日本右翼が歴史問題において必死にダブルスタンダードを手放そうとしないのは、近隣国を始め世界各国には受け入れがたいことだ。再三再四もめ事を引き起こして、侵略の事実について言い逃れ、覆い隠し、さらには歴史改竄によって侵略戦争を自衛戦争に美化しようとする。その一方では、唯一の原爆「被害国」としての苦痛を誇張し続け、自国が他国に与えた癒えがたい傷については見て見ぬふりをし、さらにはなにかというと「歴史にこだわり続ける」「魂胆があって日本に的を合わせている」と他国を非難までする。道義と歴史的責任を逃れるこうした狭隘なやり方は、ナチスの犯罪行為に対するドイツの深い反省とは強烈なコントラストをなす。日本のいわゆる大国としての自らの位置づけにも極めてそぐわないものだ。

 われわれは河村たかしの言動は平和を愛し、中日友好を大切にする大多数の日本の民衆を代表するものではないと信じている。だが彼が公然と引き起こしたもめ事、およびそれを機にした日本メディアの大げさな報道が、中国人の感情と中日関係を傷つけたことは確かだ。過去40年間の中日関係を振り返ると、非常に重要な経験を導き出すことができる。つまり日本が歴史問題を比較的うまく処理している時は中日関係はある程度発展し、うまく処理していない時は中日関係に大小様々な面倒が生じ、相当長期間冷え込むことすらあるということだ。この観点に立つと、歴史の抹殺は苦労して手に入れた平和な生活の中に地雷を埋め、中日関係の未来を破壊する、両国の庶民に対して極めて無責任な行為である。(編集NA)

 「人民網日本語版」2012年2月24日


南京大虐殺論争についてはゲップが出るほど書いたので今回は違う目線で。
以下、当ブログ独自の邪推ですがほぼ本当です。米軍情報なのでご笑納ください。

<南京大虐殺・朝日新聞犯人説>
御存知の通り、東京裁判以降、歴史より埋もれていた「南京大虐殺」の活字が踊るようになったのは、朝日新聞のホンカツ先生が紙面で連載した「中国の旅」がきっかけだった訳です。時は1971年。
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それじゃ、この1971年とは何だったのか?
彼の国では人類史上最悪の大虐殺と称される「文化大革命」が迷走を始めた頃でして、1971年は林彪事件が勃発した年です。

林彪事件

林彪事件(りんぴょうじけん)は、1971年9月13日に発生した、中華人民共和国の林彪中国共産党副主席による、毛沢東主席暗殺未遂事件及びクーデター未遂、その後の亡命未遂事件。「9・13事件」とも呼ばれる。

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その林彪事件と南京大虐殺を繋ぐ線とは?

朝日新聞の中国報道問題 - Wikipedia

林彪事件報道

文化大革命中の1971年9月に、中華人民共和国の南部を視察中の毛沢東が林彪らを批判。これを機に林彪一派が毛沢東暗殺とクーデターを企てるが失敗し、9月13日に林彪一派がソ連へ向けて人民解放軍のホーカー・シドレー トライデント旅客機で逃亡中にモンゴル人民共和国領内で墜落死した(林彪事件)。

その後、9月26日に、10月1日に行われる予定であった国慶節パレードが突然中止されることが発表され、あわせて、『人民日報』の紙上にも林彪の名が現れなくなったので、「毛沢東重病説」や、「何か重大な政変があったのではないか」との観測が世界中に広まった。このとき、北京特派員の秋岡家栄記者は、パレードが中止になったのは「新しい祝賀形式に変わったのではないか」(1971年9月27日)と、中国共産党内部における政変がなかったかのように報じた。

10月1日には、「モンゴル領内で国籍不明機が墜落した」というモンゴル国営通信社電を各社が一斉に報じ、林彪失脚の噂が世界的に広まる。10月は日本の主要各紙とも、北京のルーマニア高官が乾杯で林彪の名前を省略したこと(10月12日:AFP)を伝えたり、林彪重病説(10月9日:ニューヨークタイムズ)を伝えたりするかと思えば、『中国画報』という雑誌に林彪の写真が掲載されていること(10月27日:ロイター)を伝えたりとブレがあるが、11月ごろからは失脚の可能性を伝える報道が主流となる。例えば、『産経新聞』は、11月2日付け外報トップで、「ナゾ深める“林彪氏失脚”の原因」という記事を掲載している。

『朝日新聞』は、「その飛行機には中華人民共和国の要人が搭乗していたのではないかとモスクワでは噂になっている」ことを伝えている(モスクワ特派員電)が、林彪そのものには全く触れておらず、政変の可能性についても言及していない。さらに、秋岡の書いた、毛沢東と林彪が並ぶ大きな写真が税関に掲げられていたことを根拠に林彪失脚に疑問を投げかける記事(1971年11月25日「流説とは食違い」)や、「しかし、これだけの事実をもって党首脳の序列に変化があったのではないか、と断定するだけの根拠は薄い」という記事(1971年12月4日「なおナゾ解けぬ中国政変説」)など、中国共産党内部における政変は無いかと印象付けるような記事が掲載された。稲垣の著作に限らず、多くの『朝日新聞』批判本がこの点を指摘し、秋岡を名指しで批判している[要出典]。

産経新聞は「社説検証」にて、「朝日はなお、『林彪事件が起り旧幹部が復活したからといって、文化革命の歴史的意義を否定するのは当を得た見方ではあるまい』(昭和47年8月4日付)と文革を擁護した」としている[4]。
確かに、秋岡は林彪失脚に疑問を投げかける記事を継続して配信しており、『朝日新聞』は紙面上でこれを中心とした記事作りを行っていたが、同時に、日本国外の通信社などから配信された林彪失脚を匂わせる記事もこの前後に小さく掲載していたのも事実である。例えば、「林氏ら軍人退場 モスクワ放送 中国“政変”で解説」(11月17日:ラヂオプレス)や、「林副主席の名前は見えず アルバニアに三首脳祝電」(11月28日:ラヂオプレス)などがある。また掲載はされなかったが上海支局にいた伴野朗は失脚懐疑説に反対的な記事を本社に送っている。このように、このころの『朝日新聞』の中華人民共和国関連の記事が林彪失脚に懐疑的な記事ばかりでなかった点は、『朝日新聞』批判書籍があまり指摘していないところである。

2月10日付の『朝日新聞』一面トップには、「林氏 失脚後も健在 仏議員団に中国高官談」と題されたAFP電が掲載されている。他紙をみてみると、読売新聞は「林彪の失脚を確認」、毎日新聞は「林彪は生きている」と、扱いは朝日新聞ほど大きくはないものの、同様のAFP電を報じている。1972年2月23日には、「中ソ改善を図り失脚 林彪 訪中の米記者報道」(1972年2月22日:時事通信)という記事が掲載され、これ以降、『朝日新聞』の紙面からは林彪の死亡はともかく、失脚をいぶかしがる記事は消えた。そして、1972年7月28日、中華人民共和国の国営通信社新華社が事件を報じたことで、秋岡が配信した林彪死亡記事がようやく掲載される。

そして朝日の連載記事「中国の旅」が出版化され日本の左翼のバイブルとなり、左翼マスコミによる計画的な歴史教科書「進出・侵略」誤報を経て、「南京大虐殺」の対中国逆輸出成功と相成り、カネがもったいないからと渋る中国政府に対し、だったら日本人のカネで南京大虐殺記念館建てるので反日教育に活用しませんか?と社会党(現民主党)が焚き付け、それなら人民のガス抜きに使うか。と、中共が人民統治装置として活用中。

従軍慰安婦問題や坂本龍馬夢枕事件と同じく、突如、演出に彩られ、改めて発見(再確認)された過去の歴史なるものは、昭和の言葉でいう「自作自演」、流行りの言葉でいうステルスマーケティングといっても過言ではないのでは、という脳内妄想でした。

菅直人幹事長、南京大虐殺記念館を訪問(写真)



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コメント
まあ、その通りなんでしょうね。
だんちょの言うところの満州派ですか。
うんざりしますね。メリケンの方がマシですわ。
Posted by 名無しのどじょうさん at 2012年02月25日 17:51
つまり、中国政府も日本人と同じく朝日のねつ造報道の被害者と言う事ですね。

朝日新聞は中国政府に謝罪と賠償をするべきです。
Posted by 名無しのどじょうさん at 2012年02月26日 00:39
否定派はその人数だと遺体の処理はどうしたのかといちいち疑問を呈する
だが待ってほしい
それは中国人のことだから食ったのではないか、と…
Posted by 毛結構 at 2012年02月26日 01:15
 一度騙されたと思って、英和辞典を用意して欲しい。
くぐる先生や、infoseek先生みたいなネット辞書は
不可です。ちゃんと辞書(書籍)を用意して下さい。

 日本語で「歴史」を英語ではなんと言いますか?
はい「History」ですね。
では、「History」を、英和辞書で引いてみて下さい。

日本語では、歴史=史実ですが、彼らには、
物語。つまり自分に都合の良い「お話」でしか
無いのですよ。
あとね、中国では「沢山」て意味で「三」を
使うので、南京事件で「三十万人死んだ」てのは、
単に、「沢山人が死んだ」と言う意味で、1人
以上死んだら「沢山」です。
ウチのジッちゃんは中国戦線に居ましたが、
太って帰ってきました。平和な所ですよ。
Posted by 漁師 at 2012年02月26日 02:10
「ネトウヨ大連呼」は大韓文化大革命失敗を隠蔽したい山田さんによるステルスマーケティング、のような気がしてきました
Posted by フューチャー名無しさん at 2012年02月26日 04:06
 問題は、河村さんはアッチ側の人なので、
「出来レース感」も否めないですね。
「減税日本」だったが、最近では「減税と言わずに、
増税反対」てしましたから。全国ニュースでは扱い
は低いでしょうが、東海三県の盟主名古屋県の
事ですから扱いが大きくて・・・ニュースを見る
範囲では、「減税以外の施策が見えにくい」て
扱いです。

 朝鮮村長が、村民がファビョると、反日発言で
人気取りを計るように、中国様に物申した・・・
とかありそうで。
最後は、中国にわび入れた挙げ句、総領事館が市の
補助を受けて完成・・・・はらたいらに三千点で。
Posted by 漁師 at 2012年02月26日 17:49
親譲りの天の邪鬼で子供の頃から損ばかりしている。
小学校に居る時分、日教組の教師共がアカヒの天声人語を褒め讃え、生徒達に感想文を書かせるのだが、その内容に駄目だしする文を提出して教師共に疎まれた。
なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。単にアカヒが嫌いなだけだ。

そのお陰で民青や革マル、中核派の勧誘を足蹴にして、原理研すら近寄る事を憚られる学生生活を送り、若くしてプロ市民失格の烙印を押される事になった。

日教組のお陰でアカヒが信用ならぬ事を学べたオイラだが、中島知子だったら優秀なプロ市民になっただろうな。
Posted by アマ村民 at 2012年02月26日 18:26
記事の視点が素晴らしいです。
私は、中国人に虐殺があったとき人民解放軍は何をしていたのか聞きたいです。何故助けなかったの、何故、何故、どうして、教えてw

小渕総理が江沢民国家主席に南京虐殺の共同調査を提案したら逃げましたね。
再度、第三者を加えての共同調査を提案して欲しいです。
731部隊は米国人科学者と中国人科学者の共同調査で人体実験無しと結果が出ましたから、南京の件もそろそろ決着を着けたいですね。

Posted by 福富 at 2012年02月26日 22:38
朝日新聞が戦時中戦意高揚のプロパガンダをやってたのは事実らしいですね
ウチのオトンが昔から言ってましたわ
って話も釣具屋さんのブログにだいぶ前に書きました^^;
Posted by ご近所 at 2012年02月26日 22:53
> 私は、中国人に虐殺があったとき人民解放軍は
> 何をしていたのか聞きたいです。何故助けなかっ
> たの、何故、何故、どうして、教えてw

 現代戦に於いては、市民を盾にして都市に立て籠もる
行為は「テロリスト」であって、「軍隊」とはみなされ
ません。
アメリカがアフガン攻めてくれたお陰で、南京事件で
仮に何万人も死んでいたとしても免罪されてしまう
んだよなぁ・・・。
Posted by 漁師 at 2012年02月27日 00:49
文化大革命や大躍進政策で死んだ人の死体を誤魔化す為に
南京大虐殺アルっていってるって説もあるそうな。
Posted by 名無しのどじょうさん at 2012年02月29日 03:54
> 私は、中国人に虐殺があったとき人民解放軍は
> 何をしていたのか聞きたいです。何故助けなかっ
> たの、何故、何故、どうして、教えてw

当時、人民解放軍は存在していない。紅軍を母体とし、後に人民解放軍に編入される新四軍は国民党指揮下にあったからだよ。
Posted by 名無しのどじょうさん at 2012年02月29日 19:02
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