2009年11月28日

【動画】ビートルズ武道館公演の前座バンドが余りに悲しすぎる件

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ザ・ビートルズ・モノ・ボックス(アンコール・プレス)
ザ・ビートルズ・モノ・ボックス(アンコール・プレス)


ツアー当時は「ラバーソウル」リリース後なんですが、呼び屋もよくぞセレクトしたというか、お客さんも辛抱したというか、音楽的ギャップが余りにも・・
ロックンローラー内田裕也かよ。

※2:13にユーヤさんがマイクに触れたアクションが、本番でのポール大惨事の前兆なのでしょうか?













ウィキペディアより1966年当時(昭和41年)の日本のカルチャーを抜粋。
※海外トピックとしては、1966年5月16日に毛沢東がプロレタリア文化大革命(文革)を公式に発動した由

1966年 - Wikipedia
1月2日 - TBS系で特撮テレビドラマ『ウルトラQ』放映開始(『ウルトラシリーズ』スタート)。
4月7日 - 日産自動車、サニーを発売。
5月15日 - 日本テレビ系の演芸番組『笑点』放送開始。
8月1日 - 日産自動車がプリンス自動車工業を吸収合併。
10月頃 - トヨタ自動車工業、カローラを発表(11月に発売)。
11月1日 - 国立劇場開場

1966年のヒット曲
君といつまでも(加山雄三)、バラが咲いた(マイク真木)、霧氷(橋幸夫)、悲しい酒(美空ひばり)、骨まで愛して(城卓矢)、 逢いたくて逢いたくて(園まり)、柳ヶ瀬ブルース(美川憲一)、恍惚のブルース(青江三奈)、夢は夜ひらく(園まり)、星影のワルツ(千昌夫)、唐獅子牡丹(高倉健)、星のフラメンコ(西郷輝彦)、霧の摩周湖(布施明)、こまっちゃうナ(山本リンダ)、いっぽんどっこの唄(水前寺清子)、今日の日はさようなら(森山良子)、いい湯だな(デューク・エイセス)、若いってすばらしい(槇みちる)、信じていたい(西田佐知子)、いつまでもいつまでも(ザ・サベージ)、夕陽が泣いている(ザ・スパイダース)、若者たち(ザ・ブロード・サイド・フォー)、想い出の渚(ザ・ワイルドワンズ)

1966年の映画
サイボーグ009、ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘、大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン

1966年のテレビ
「ウルトラQ」、大河ドラマ 「源義経」(出演:尾上菊之助 (4代目)、緒形拳)、「銭形平次」、「おはなはん」、「笑点」、「奥さまは魔女」、「ウルトラマン」、「マグマ大使」、「サンダーバード」、「日曜洋画劇場」、10月9日 - 「日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行」(日本テレビ系)放映開始(1990年9月16日放映終了)

1966年のアニメ
2月5日 おそ松くん放映開始
4月23日 レインボー戦隊ロビン放映開始
5月2日 海賊王子放映開始
5月5日 ハリスの旋風放映開始
6月3日 遊星仮面放映開始
7月1日 ものしり大学 明日のカレンダー放映開始
10月4日 ロボタン放映開始
10月6日 がんばれ!マリンキッド(海底少年マリン参照)放映開始
11月14日 とびだせ!バッチリ放映開始
12月5日 魔法使いサリー放映開始

1966年の漫画
「巨人の星」、週刊少年マガジンで連載開始

ビートルズ来日のウラ舞台さんより武道館コンサートのエピソードを借用。

このコンサートの入場料は

A席 / 2100円
B席 / 1800円
C席 / 1500円

5公演キャパ合計3万人に対し、予約申し込みハガキは208,850枚。
(208,861通が正解らしい)

AP電が日本の受け入れ体制について報じる。「ビートルズは羽田空港に降りられず、チャーター・ヘリコプターで立川、もしくは大阪、名古屋に降りることを考えており、混乱を避けるため来日予定日を変更するかもしれない」との記事内容。実際、警視庁では、空港が混乱したときのためにヘリコプター3機で市ヶ谷駐屯地まで行き、そこから宿舎まで護送することを計画。また羽田空港の滑走路にファンが乱入した際は、横田基地に緊急着陸し、同様に宿舎まで護送する計画をたてていた。

当時の読売新聞社主で日本武道館館長でもあった正力松太郎氏が、「ペートルなんとかというのは一体何者だ? そんな連中に武道館を使わせてたまるか」と発言。

この時点ですでにビートルズを招聘した協同企画と武道館側で使用契約をかわしており、会場使用料を中部日本放送が払い込んでいた。また主催の読売新聞でも公演日程を告知、チケットやポスターの印刷もすでに終了していた。それがここへきて正力氏の発言を発端に、関係者やファンからの非難の声が集中。が、武道館が使用できない場合を視野に入れ、代替え案が浮上した。ビートルズがニューヨークのシェア・スタジアムでコンサートを行ったことがある、ということから、後楽園球場が候補に挙げられた。会場の規模や収容人数には心配がなかったが、野外球場であるためいくつかの問題があった。ブライアン・エプスタインの出した条件である“1万人以上収容できる屋内会場”でないことと、気象庁の過去5年間の統計では雨天となる可能性が高いということであった。このため共同企画の永島社長は、ニューヨークでブライアン・エプスタインと会うためアメリカへ向かった。会場変更の説得にあたるためで、日程の変更はなしで、雨天でもコンサートを決行するということで話がまとまった。

日本の武道の伝統を損なうとして、日本武道館のコンサート使用について散々もめたが、この日ビートルズの公演のための使用について正式に許可がおりる。当時の日本には、武道館に匹敵する大規模室内会場が無かったため、白羽の矢が立ったもの。

これについて6月9日付の読売新聞に、武道館理事長の赤城宗徳氏の声明が発表された。-以下-
『この度、女王から勲章を授けられた英国の国家的音楽使節、ザ・ビートルズが読売新聞社の招きにより、初めて日本で公演をすることになりました。主催者側は、その世界的な人気と国際親善の視点から日本最高の施設を持ち1万人以上を収容、しかも、警備、音響効果の面からも万全を期せられる会場を物色していましたが、これらの条件を具象しているところは日本武道館以外にはないと判断して、使用許可を武道館に打診してきました。しかし武道館側としては、武道の殿堂であり、青少年の心身育成の場であるので再三お断りしましたが、主催者側はもとより、英国側からも重ねて強い要請がありましたので、諸々の情勢を検討した結果、その使用を許可することになりました。』

TBSテレビの対談番組“時事放談”で政治評論家・細川隆元と小汀利得が、ビートルズの武道館使用の問題に触れ「こじき芸人に武道館を使わせてたまるか」と発言。全国のビートルズ・ファンから抗議の電話や手紙が殺到。

再び“時事放談”でビートルズ問題を取りあげ、「夢の島でやればいいんだ」「フランスに入国できないそうじゃないか」「こじき芸人だ」などと毒舌をはく。特に「ビートルズがこじき芸人なのは、騒いでいる気違い少女どもを見れば一目瞭然。なんでも武道館から飛び降りる練習をしているというじゃないか」という発言がファンを刺激し、先週以上の抗議の電話や手紙が殺到し、「俺は右翼だが、ビートルズはわかる」という電話もかかってきたほど。

警視庁がビートルズ対策会議を開き、来日公演に際し機動隊を含めたのべ3万5千人を動員することを決めた。この会議での決定事項は以下の通り。

総合警備本部を6月28日に発足させる。
一行が到着する羽田空港には機動隊など3千人を動員し、空港入口である穴守橋と弁天橋に検問所を設け、ビートルズ・ファンだけは入場させない。
羽田空港から宿舎のヒルトン・ホテルまでのルートは警視庁内でも極秘にし、本部からの指令によって流動的に沿道警備にあたる。
ホテルは婦人警官を含む2000人で警備にあたる。
公演会場には連日2200人で警備にあたる。このうち婦人警官を中心に350人は場内の最前列に陣取って、舞台に上がろうとするファンを阻止する。
都内の小、中、高校に「良識ある行動をとるように生徒に話してほしい」旨の要望書を送付する。

またこれについて、翌朝の毎日新聞が「安保、日韓を除いては、警視庁創設以来の大規模な警備体制」と報じる。

TBSテレビ、“話題をつく”という番組で“時事放談”の決着をつけようと“ザ・ビートルズにケチをつけないで”という題で、細川隆元・小汀利得対ビートルズ・ファンが大論争を展開。小汀「だいたいね、あんな気違いどものために武道館を使わせるなんて、もってのほかだよ。ゴミだめの夢の島でやらせりゃいいんだ」、細川「僕は君たちと違ってイギリスで本物を見てきたんだよ。ビートルズが勲章をもらったというけど、あれはイギリスの政策だと思うよ。ここにいる小汀君だって勳一等をもらっているんだ。英語でワッペンというやつだよ」、ファン「あの若さで勲章をもらうのは、それだけの価値があるからだ。オジサマの勲章は、もう先が短いので、政府があわれんで贈ったんでしょう」、小汀「その気持ちは解るけどね、ビートルズに抱きついたり髪を抜いたりするのはバカのすることだよ。そんなにいいと思うなら静かに聞けばいいんだ」という調子で25分間続いた。

当時の佐藤栄作首相は内閣支持率が低迷していることを受けて、「ビートルズの警備で頭が痛い」と閣僚発言し、はぐらかす。

大分地区高校指導連合会は「ビートルズ公演見物は教育効果なし」という理由から、生徒に公演を見に行かせない方針を決め、公演期間中、欠席した生徒に対して欠席理由を調べることにした。

新聞各紙がビートルズ来日を報じる。毎日新聞は「空港に着いたビートルズは、外国の元首さえもほとんど例がないというA滑走路の誘導路からB滑走路を横切り、整備地区を抜けて高速道路に入った“天下御免”の空港横断だった」と報じ、朝日新聞は「前後がパトカーを固める。国賓なみに税関もフリーパス。あっけにとられる歓迎陣を後目に100キロ近いスピードで空港北端のゲートから消え去った」と報じる。

※ミスタームーンライトで超有名な動画






午前3時50分、羽田着の日航機"MATSUSHIMA"で予定より大幅に遅れてビートルズ初来日。長旅の疲れを見せず、ハッピを着て手を振りながらタラップに姿を現す。その後旅客機に横付けされたキャディラックに乗り込み宿泊先であるヒルトン・ホテル(現キャピタル東急ホテル)ヘ向かった。同時にこの日、同ホテル地下の“紅真珠の間”にて共同記者会見が行われる。

Press Interview

記 者 日本について何か知っているか。
ポール 本で読んだ程度でよく知らない。

記 者 あなたがたのファンは熱狂的で、音楽そのものを鑑賞するのではなくステージで演奏していれば満足しているといわれるが。
ジョン 歌を聞きたい時はレコードで、僕らを見たいときはコンサートに来ればいい。

記 者 ものものしい警備体制下で演奏を迎える心境は。
ジョージ 出来る限り警備してもらえれば、演奏するほうも、見る人たちも安全でしょう。

記 者 リズム中心だった音楽が「ミッシェル」「イエスタデイ」あたりからメロディ中心のバラード調になってきたのはどどういうわけか。
ジョージ 区別は初めからつけていない。内容的にはなにも変わっていない。

記 者 名誉と財力は十分に得られたが、幸せか。次になにを求めているか。
ジョージ 幸福だ。これから欲しいのは平和だ。なによりもまして 平和が欲しい。

記 者 日本のファンは外国のティーン・エイジャーと比べてどのように違うか。
ポール 日本だけでなく、ファンに相違があるのは言葉が違うということだけだ。でも日本のファンは、ちょっと背が小さいかな。

記 者 ある日本人は、あなたがたの演奏のために使用することは、伝統的武道のためという趣旨に反するといっているが。
ポール 日本の舞踊団がイギリスの王立劇場に出演しても、劇場をけがしたことにはならない。我々の出演する場所はボクシング場でもいいのだ。イギリスと日本の両国民はともに、伝統を重んじる国民性をもっている。

記 者 MBE勲章はもってきたか。どのような席でつけるのか。
ジョン もってきている。しかし、これまでつけたことがない。勲章は見せびらかすものではなく、受けたという事実があればいい。

記 者 ビートルズ台風の来襲といわれているが。
ジョージ ビートルズのエネルギーはマスコミによるもので、自分 たちの力は微々たるものだ。

記 者 ベトナム戦争について。
ジョン 関心はもっている。戦争はいけないことだ。しかし我々はこれに反対しても、なにもすることが出来ないのである。

Set List

Rock And Roll Music
She's A Woman
If I Needed Someone
Day Tripper
Baby's In Black
I Feel Fine
Yesterday
I Wanna Be Your Man
Nowhere Man
Paperback Writer
I'm Down

この日のPM2:00からの公演の模様が日本テレビで放映される。視聴率60パーセントという高い数字を記録。

都議会警備消防委員会の会議で某議員が「税金の無駄遣いだ。本来、警備というのは主催者側がやるべきものではないか。それを警視庁が代行するということは、大資本への従属ではないか。結果的に警視庁が主催者の片棒をかついだものであり、また神経過敏になりすぎた大袈裟な警備が、逆に狂乱状態をあおることになったのだ」と語る。

7月3日 午前10時43分、ビートルズ、日航機"KAMAKURA"にて離日。来日期間中に動員された警官は述べ8370人。また補導された青少年は6520人。
ちなみにビートルズの日本滞在時間は延べ103時間であった。

離日の際、次の公演地であるフィリピンへは当初キャセイ航空に搭乗する予定であった。これは同航空会社が「ビートルズ及びその一行の航空運賃を無料にするので、当社の旅客機に搭乗してくれないか」という打診があったためである。航空会社からすれば、“ビートルズが乗った飛行機”というPR作戦であった。なぜ日本航空に搭乗したかは不明。


The Beatles: Eight Days A Week
The Beatles: Eight Days A Week
Eight Days a Week: Inside The "Beatles"' Final World Tour
Eight Days a Week: Inside The

ここからフィリピンツアーでして、ファンの方ならご存知の通り非常に面白い。
最近読んだ中では朝日の特集が面白かったのでご紹介。



「人生であれほど恐怖を覚えたことはなかった。もう二度と行かない」(ジョージ)
「今はあそこの上空を飛ぶことすら嫌だ」(ジョン)
「あそこにもう一度行くかって? 冗談じゃない!」(リンゴ)
「絶対にあそこには行きたくない」(ポール)

ビートルズが恐怖におののく「あそこ」とは、1966年7月5日、這々の体で空港を飛び立ったフィリピンの首都マニラのことだ。

7月3日、日本公演を終えたビートルズは香港を経由してマニラに上陸する。翌4日、リサール・メモリアル・フットボール・スタジアムで2回の公演を予定していた。

ジョージは、誰かがホテルの部屋のドアを叩く音で起こされた。

「何している。君たちは宮殿に行くはずじゃないか。テレビをつけてみろ」

マラカニアン宮殿からの生中継だった。長い大理石の廊下の両脇に、ずらっと人が並び、大勢の子どもたちが待っている。テレビのコメンテーターが説明する。「まだ現れません。ビートルズはもう到着するはずですが」

ジョージは呆然とテレビ画面をみつめるしかなかった。

宮殿の主は、前年の大統領選挙で当選したフェルディナンド・マルコス。86年の人民革命で打倒されるまで、事実上の独裁者として君臨した。

朝食が部屋に運ばれるのを待っていたジョンとリンゴも、その恐ろしい番組をみることになる。

「マダム・マルコスが叫んでいるんだ、『私は侮辱された』って。カメラマンは空っぽの皿とか、ちっちゃい子の顔とかアップにして映していた。子どもはみんな泣いているんだ、ビートルズが来てくれなかったって」

ロード・マネジャーのニール・アスピノールと街を見学してホテルに戻ってきたポールは、「大統領官邸に行く約束を忘れたのか」と周囲の男たちに責められた。

ビートルズは金持ちや有名人からの招待を断るのが常だった。

「どういうことなんだ」。ニールはマネジャーのブライアン・エプスタインに訊(たず)ねた。「僕がキャンセルした。出席する予定などなかった」

マニラ公演の興行主ラモン・ラモスがエプスタインに示した日程表には、午後4時にスタジアムに到着する以前の「午後3時に宮殿に赴き、大統領夫人を訪問し、その後スタジアムに向かう」と書かれていた。宮殿訪問は「ビートルズとその一行の了解」に基づくものと強調されていた。

ブライアンは招待を断った。開演2時間前にスタジアムに到着したいと考えていたため、実際は無理な話だった。

ところが、ラモスは、ビートルズが訪問できないことを宮殿側に連絡しなかった。しかも宮殿側が設定した訪問時間は午前11時だった。

午後6時半すぎ、ビートルズは、5万人の観衆を前に1回目の公演を終えてホテルに戻ってきた。

夕方のテレビ・ニュースは、ビートルズがマルコス大統領夫妻と、集まった子どもたちを冷たくあしらった、と伝えていた。その放送を広報担当のトニー・バーロウはぞっとする思いでみた。テレビ局にかけあい、ブライアンにテレビで事情説明する機会を与えるように手配した。

「午後、最初の公演を行う前に宮殿を訪問することを私たちが了解したかに関する問い合わせは、私もビートルズに同行した部下も聞いていません。200人の子どもたちが待っていたことも、今夜のテレビで初めて知りました」

ブライアンによる声明はテレビで読み上げられたが、なぜかブライアンの声は波長が変えられ、聞き取れないほど音質が悪かった。

すでに、ある意図が働き始めていた。

公演は2回とも大成功だった。しかし、翌朝、部屋に届けられた新聞の一面には、「ビートルズ、大統領にひじ鉄」とデカデカと書いてあった。

ブライアンの部下、ヴィック・ルイスの部屋をある男がノックした。税務当局者だった。昨晩の公演にかかる所得税8万ドルの支払いを求めてきた。ルイスは契約書を示し、支払いの義務は興行主にあると説明したが、男はなかなか引き下がらなかった。

英国大使館やホテルには殺害予告の脅迫電話もかかっていた。ホテルから荷物を運ぼうとしても誰も手伝ってくれなかった。ようやく車を見つけ、空港に着くとアロハ・シャツを着た一団がいて、一行を殴ろうと怒鳴りながら拳を振りかざしていた。一方、その向こうでファンの若い子たちが騒いでいた。

「突如として国中が僕らを攻撃してきた」(ジョージ)

警護にあたっていた警官は任務を解かれていた。空港へ入ると、エスカレーターが止まっていた。ポーターらしき人もいなかった。全員が手分けしてアンプやスーツ・ケースを運んだ。そこへブーイングしたり叫んだりする一団が追いかけてきた。ビートルズはとっさに聖職者の集団の後ろに隠れた。

「ここはカトリックの国だ。尼さんを殴ることはしないだろう」(リンゴ)

側近たちはビートルズを守った。ブライアンは蹴られたり顔を殴られたりした。マル・エバンズは数回殴られ、床に倒された。2人とも出血した。お抱え運転手のアルフ・ビックネルは、突き飛ばされて階段から転げ落ち、あばら骨を折った。ルイスは、もし銃撃されたとしても軽傷で済むかも知れないと思い、手を頭の後ろに回して滑走路を走った。

機内に乗り込むと、全員が座席にキスをした。

ところが、離陸直前になってアナウンスが流れた。マル、トニーの2人がターミナルに戻るよう命令された。

「マルは僕の横を抜けていく時に泣き出して、通路で僕の方を向くと『(妻の)リルに愛していると言ってくれ』と言った」(ジョージ)

トニーとマルの入国記録がないから、不法移民と見なされ、出国は許可できないと通告された。結局、ツアーで稼いだ額と同じ金額を「マニラ式出国税」として支払うことで出国が許可された。

「あれでみんな、ツアーに嫌気がさしたんだよ。あれが棺に打ち込まれた最後の釘の1本だったかも知れないね」(ニール)

ビートルズは次の米国公演終了後、公演は一切しないという結論に達した。

この朝日のビートルズ特集は非常に面白いので、興味がある人は一読をお勧め。
(現時点も連載続いています)


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Posted by kingcurtis 固定リンクComments(5)音楽 
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コメント
かつてのマルコス王朝時代を例に引くのもなんですが、今の日本では、偉大なる総理夫人を丁重に扱わないと、友愛対象となるのでしょうかねぇ。
Posted by 全韓トンスル材料組合 at 2009年11月29日 01:48
先日外紙が歴代狂人ファーストレディランキング発表した時、日本のメディアは歪曲報道した挙句、国の名誉だとホルホルしていましたね。
一位が太陽パクパクで、イメルダが2位だったっけ?

Posted by kingcurtis at 2009年11月29日 02:02
ドリフってこういうバンドだったのか。初めて知りました。

Posted by ライヴハウス武道館へようこそ! at 2009年11月29日 09:53
 この大規模な警備は何かの予行演習だとか読んだ記憶があるんだけどなんだったかな?
Posted by 名もなき友愛市民 at 2009年11月29日 18:58
当時のロケンローラー内田って、ホントしょぼいですね。
「エレキの若大将」でも笑わせてもらいましたがw

事業仕分けの傍聴人席に現れたのには驚きました。持ち手が銀(たぶん?)の杖持ってたんで、あの杖で蓮舫をいきなり、ぶん殴れば面白いのに〜と思いますた。
あ、蓮舫は居なかったかな?
じゃあ、枝野でもいいから殴れよ、ロケンローラーw


ドリフの高木ブーと荒井注、アンプとケーブルすら繋がっていないw

ドリフの演奏?wが聞こえないほどの客席の騒ぎぶりでもないですね。
いかりや長介や加藤茶が思い出話としてバラエティでよく語っていた、「オネイチャソがキャーキャー言ってるだけで、(自分たちの演奏は)誰れ〜も聞いていなくて大変だった」というのはネタだったわけかな?
当時のPAの性能では客席ではドリフの演奏は聞こえなかったのかな?

ほんとに何でも見られるイイ時代に生まれました。
いずれにしても、こんな
Posted by SS at 2009年11月29日 22:58
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