2009年07月01日
小西康陽 ロングインタビュー by R25 
「2〜3年は悩みに悩んでました。当時、僕はお金がなくなると札幌の実家に戻ってたんですが…ある日、札幌で天気がカーンといい日に、ふと“別にこのまま就職しないで、ずっと遊んでられたらそれでもいいのかな”と思ったんです。そしたら気が楽になった」
心機一転とか、いうことでは何もない。単に「これでもいいか」と思っただけ。
「その後すぐに東京に戻ったら、高浪慶太郎(現・敬太郎)くんって人とバンドを組むことになって。デモテープ録って。何人かの人からコンタクトが来て」
白金の『杉の木屋』というスーパーの上階にあった小西の部屋を、同じ白金在住の細野晴臣が訪れた。ただ残念ながら、デモテープのせいではない。
「僕が札幌で高校生だったとき、仲良くしてもらっていた和田博巳さんが細野さんのマネジャーになって。就任2日めに細野さんを家に送るときに『ここに小西くんっていう面白い人がいて、レコードいっぱい持ってて、いま音楽作ってるんですよ』って紹介してくれて、うちまで連れてきたんです」
小西は、札幌でコーヒーショップを経営していた和田博巳に出会い、店で様々な音楽や人物に出会った。和田はもともと東京で、はちみつぱいというバンドで音楽活動をしていた。細野とはそのときの誼があったわけだ。
「細野さんは正直にいうと、決して僕たちの音楽を気に入ってはいなかった。ただ縁というのかな…細野さんはちょうど自分のレーベルを始めたところで、なんとなく、このバンドを出すべきなんだろうって思われたみたいですね」
それがピチカート・ファイヴ。デビューは1984年、25歳の小西康陽が、札幌のある晴れた日に「このままでもいいかな」と思ったのと同じ年の話。
(中略)
こと音楽に絞っても、少なくとも、若い日よりは小西康陽は楽しんでいる。
「思いもよらない人が、自分の昔作った曲を好きだって言ってくれることが、すごくうれしい。昔は“こんな音楽聴いてるヤツいないでしょ”って思いながら作ってたのに。バンドをやっててイヤなこともいっぱいあったけど、いいことは“ファンだった”って言ってくれる人に会えることですね。しかも僕のバンドは日本だけじゃなく、他の国でもレコード出してもらってたから、外国にもたまにそういう人がいて…」
許せるものが年々増えて、それだけ作りたいものが増えていくという幸せ。
「いま25歳とかで“楽しくない”って言ってる人がいるとするならば、それからのほうがもっと楽しみがありますよって言いたい…なんてね(笑)」

小西康陽 | R25 via kwout
という訳で、最近渋谷系がリバイバルしてんですかね?デトロイトメタルシティとか。
テレビではこいつがヘビーローテーション中です。
(うちのバカ娘がバガボンドとバカボンの違いが分からないそうでw)
NISSAN キューブ TVCM おそ松 イヤミ 今夜はブギー・バック
元祖はこちら。
で、肝心のピチカートなんですが、公開動画は押並べてメジャーな曲ばかりでして面白くないのですが、これが結構空気みたいなマイナー系が纏まっていましたので、P5マニアの方向け作業用にどうぞ。
3期横断しています。
個人的には事実上のラストアルバム「TM」が一番いいな。喪失的で厭世的で。
ビートルズのアビーロードみたいな感じ。
ある意味、野宮さんの正しい使い方かも。
(こいつもパッケージがでか過ぎてCDラックに収納出来ていない・・)
>小西さん
5年に一回くらい同窓会ギグやってよ。皆、首を長くして待っているよ。
![]() | PIZZICATO FIVE pizzicato five 小西康陽 窪田晴男 おすすめ平均 ![]() とにかく、Lesson3003。 ピチでナンバー2のベスト 実質的なラストアルバム ベストアルバム並の品質 英国 |
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コメント
高校生の時に買ったディスクガイドの小西さんの文体が、他の執筆者と異質で好きでした。もちろんそのチョイスも。捨てられずに今も実家にあります。
Posted by 名無し at 2009年07月05日 22:19

















