2008年08月08日
京都に原爆を投下せよ
古い記事が地味に盛り上がっているみたいですね。
語りつぐ戦争(23)知られざる京都空襲(2005/08/16) ABC

あと、これとか
Podcasting 京都: 京都にも空襲があった〜知られざる西陣空襲 KBS
語りつぐ戦争(23)知られざる京都空襲(2005/08/16) ABC

あと、これとか
Podcasting 京都: 京都にも空襲があった〜知られざる西陣空襲 KBS
これとか。
こちらの地球市民サイトも興味深い。(しかし見難いw)
これもしっかりまとめている。
という訳で、一緒に引き続き勉強。
白い京都に雨が降るではなく、原爆が降るでした。
渚 ゆう子 京都の恋
アメリカは第2次世界大戦中「マンハッタン計画」と呼ばれる原爆製造計画をすすめていましたが、もともと原爆は、ナチス・ドイツにたいして使う予定でした。ところが、完成まぢかの1945年5月、ドイツが降伏、日本への原爆投下計画が検討されていったのです。まっさきに投下候補にあげられたのは、京都でした。京都駅の西1キロ付近(現在の梅小路蒸気機関車館のあたり)が目標でした。しかし、結局、京都は目標からはずされ、最終的に、広島・小倉・長崎が原爆投下計画「センターボード作戦」の目標として選ばれました。そこには、貴重な文化財をもつ、古い天皇の都・京都を攻撃したら、天皇をあがめている日本人の反感をかい、戦後の占領支配に都合がよくないという政治的な配慮があったと言われています。
こちらの地球市民サイトも興味深い。(しかし見難いw)
原爆投下に関する一考察 ヒューマンコミュニケーションより一部抜粋
日本全土が空襲に見舞われる中、その被害を受けない都市があった。京都、広島、横浜、小倉、新潟、長崎がそれである。しかし、これらの都市の空襲を受けなかったのは原爆投下の候補地であったが故であった。京都は人口100万の工業都市で、知的中心地であり原爆の意義を理解するであろうから。広島は陸軍の重要補給基地があったから。新潟は工場疎開の潜在的な受け皿であったから。長崎については急遽、投下の目標に加えられたのである。
原爆投下の候補地であったこれらの都市を無傷で残しておいたのは原爆実験の威力を正確に測るためだった。しかし、そんことは知る由もないこれらの都市では、それぞれの噂が広がった。横浜は開国からの港町として以前からアメリカとの密接に関わっていたことを根拠に、長崎は江戸時代からの港町として諸外国と関係があったことを根拠に、広島はアメリカの移民が多かったことを根拠に、京都は文化財があることを根拠に、空襲されない噂が広がった。これらの噂は人々の心の支えとなっていた。
しかし、横浜が候補地から外され空襲を受け、広島、結果として長崎に原爆が落とされたことにより京都の噂が残り、2つの伝説が生まれたのである。
1つは、ウォーナー伝説である。日本の古文化の愛好家であり名家であるウォーナーは、政府に影響のある人物に違いないという思い込みの上、京都が無傷であった事実が重なり、京都や古都を救ったのはウォーナー博士であるという噂が生まれる。この噂を計画的陰謀により事実として断定したのがGHQで、朝日新聞が流布した。
確かにウォーナーは、ウォーナーリストという日本の文化財に関するリストを作成している。このリストにより京都は救われたとされているが、ウォーナーリスト作成の目的は略奪された文化財の保護、変換にあった。つまり、ウォーナーリストは略奪文化財返還の資料にすぎず、空襲を逃れたこととは関係がない。事実、リストに掲載された城の内、半数は灰になっている。
全国に無数あるウォーナー記念碑の鎌倉の日には『文化は、戦争に優先する。』と刻まれている。しかし、アメリカ側の指令は、軍事的必要性よりも優先するものは何もない、というものであった。
もう1つ、スチムソン恩人説である。陸軍長官だったスチムソンが京都に落とすのを反対したため、この恩人説が生まれたのであるが、スチムソンも恩人とは言い難い。何故なら、京都は原爆投下の目標としてスチムソンのもとで決定されていた。また、スチムソンは原爆の事前警告案を取り払った人物である。警告をして、原爆が失敗したらみっともないというのがその理由である。
スチムソンは、何故京都の投下に反対したのか。それは、京都に投下した場合、日本のそれに対する反発は相当なもので、戦後、日本がアメリカに同調せず、ソ連に味方するようになることを懸念してのことであり、文化財自体のことは考えられていなかった。京都の除外は政治的理由によるもので、文化財保護説は戦後、アメリカ内外から出た原爆の批判に対する、戦争中にもかかわらず、文化保護を考慮したという弁明から生まれた。
ヒトラーは虐殺を楽しんだとされている。米にもその心理はあり、米にとって勝とう民族である日本人の虐殺を楽しんでいたのではないだろうか。そんん、生命を軽んじる白人が文化財などを守るだろうか。
また、京都は1発目、2発目の原爆こそ逃れたものの、常に3発目以降の目標として狙われ続けたのである。それは、受皿状に広がっている土地柄、原爆実験には理想的であったが故である。
京都は原爆実験の結果を見るため爆撃禁止状態だっただけで、最後まで狙われ続けたため空襲を逃れたと言う結果が出たに過ぎない。空襲の嵐で日の海となるか、原爆で跡形も無くなるか、どちらかの選択だっただけで、京都は原爆が落ちる前に終戦を迎えることが出来たのである。
ウォーナーは資料を作ったに過ぎず、スチムソンは戦後の世界情勢を懸念しただけで文化財のことは触れていない。京都をすくったのは2人ではなく原爆が京都を救ったのである。
これもしっかりまとめている。
原爆目標は京都、広島 芋太郎の広場 より一部抜粋
問題
(1)「京都は、昔からの文化財がたくさんあるので、米軍の爆撃の対象にならなかった」
こんなせりふ、どこかで聞いたことはないだろうか。私も以前に聞いた記憶があるのだが、誰が言っていたのか思い出せない。何か根拠はあるのだろうか。
(2)「広島が被爆した原因は、広島が軍都だったせいだ」
私のボツ投稿でも取り上げたテーマ。全国の中学校では最もシェアの大きい、東京書籍の『新しい社会 歴史』では、181ページに次のように書いている。
------------<引用開始>
最後に、クラス全体の研究問題である「なぜ広島市が被爆都市となってしまったのか」を、みんなで考えました。その原因の一つは、戦前の広島市が軍都として発展してきたことにあるということでした。
------------<引用終了>
「原因の一つ」という言葉とは裏腹に、これ以外の原因はまったく示されていないから、生徒は、広島が軍都だったから、つまり軍事基地があったから原爆を落とされたんだと理解するだろう。将来は、「非武装中立」「自衛隊反対」などと唱える左翼日本人が増えるような仕組みになっている。歴史教科書は、そのための教則本なのだ。
まず、ウソはいけない。京都は爆撃されたのだ。昭和20年の1月16日、東山区などが被害を受けている。その後も爆撃は続き、合計で20回を超える空襲により、死者302人、負傷者561人が記録されている。無論、文化財も被害を受けた。
(中略)
原爆実験の日が近づき、具体的に原爆投下目標を決めることになった昭和20年4月27日付けの資料146「目標検討委員会初回会議覚書」では、次のように現実的な対象が検討されてくる。
「広島は、第21爆撃司令部の順位リストには載っていないが、これまで爆撃を受けていない最大の目標である。この都市について検討を行うべきである」「前掲の17地域のうち、すでに破壊された地域を除外すべきである」
このあたりから京都と広島がクローズアップされてくる。東京などは、すでに瓦礫の山だったから、かえって、原爆投下の目標にはならなかった。
昭和20年5月12日付けの資料151「目標検討委員会第2回会議の要約」では、次のように京都と広島がAAクラス(最優先)の目標とされる。
「京都―この目標は、人口100万を有する都市工業地域である。それは、日本のかつての首都であり、他の地域が破壊されていくにつれて、現在では、多くの人々や産業がそこへ移転しつつある。心理的観点から言えば、京都は日本にとって知的中心地であり、そこの住民は、この特殊装置のような兵器の意義を正しく認識する可能性が比較的に大きいという利点がある」
(中略)
広島については、次のように分析している。
「広島―ここは、陸軍の重要補給基地であり、また、都市工業地域の中心に位置する物資積み出し港である。広島はレーダーの格好の目標であり、広い範囲にわたって損害を与えることのできる程度の広さの都市である。隣接して丘陵地があり、それが、爆風被害をかなり大きくする集束作用を生むであろう。川があるので、焼夷弾の目標としては適当ではない」
たしかに、東京書籍の言う“軍都”に関係しそうな表現もあるが、それよりも、原爆の効果を見るのにちょうどいいというのが選定理由になっている。
さらに駄目押しが続く。「京都は、住民の知的レベルが高く、したがって、この兵器の意義を正しく認識する能力が比較的に高いという利点がある。広島は、広域にわたって破壊しうる規模の広さをもち、付近に丘陵地があるため、[爆風の]集束作用が得られる可能性があるという利点をもっている」。
“軍都”は利点とされていない。
ところで、京都は、それまで空襲が少なかったことが、かえってあだとなり、原爆の第一目標にされてしまった。
そもそも、どういう基準で投下目標が決定されたのか。昭和20年5月31日付けの資料171「暫定委員会会議覚書」には、次のような記録がある。
「さまざまな目標およびもたらされる効果について大いに議論したあと、長官が次のような結論を下し、これに全員が同意した。日本側に事前の警告を与えることはできない。民間地域を集中攻撃目標にすることはできない。ただし、可能なかぎり多数の住民に深刻な心理的効果を与えるようにすべきである。長官は、コナント博士の提案を受けて、最も望ましい目標は、多数の労働者を雇用し、かつ、労働者住宅にぎっしりと囲まれている基幹軍需工場であろうという点で同意した」
前半の「民間地域を集中攻撃目標にすることはできない」は建て前で、後半の「最も望ましい目標は、多数の労働者を雇用し、かつ、労働者住宅にぎっしりと囲まれている基幹軍需工場」が本音ということだろう。本音と建て前が、ちゃんと使い分けられている。
京都を救ったのは、スチムソン陸軍長官であった。スチムソンは、日本に対して、それなりの認識をもっている軍人であった。昭和20年7月2日付けの資料198「スチムソンからトルーマン大統領にあてた覚書」には、次のような記述がある。
「私の考えでは、日本は、そのような危機にさいしては、米国の現今の新聞、その他の論評が指摘しているよりもはるかに理性に従う国である。われわれとまったく異なった心理をもつ狂信者だけが集まってできている国ではない。それどころか、日本は、きわめて知的な国民をもっていることを過去一世紀足らずで実証したのであり…」
(中略)
昭和20年6月30日付けの資料209「グローヴズからマーシャル陸軍参謀総長にあてた覚書」には、「京都も選ばれましたが、同市は、陸軍長官の指令により、原子核分裂爆弾のみならず、すべての爆撃の目標候補地から除外されました」と記述されている。6月末の時点で、ようやく京都は投下目標からはずされたのだ。
ただし、グローヴズらは京都への原爆投下を諦めたわけではなく、別の本で次のように書いている。
「私はとくに目標としての京都に執着を覚えたのだが、それは既述のように、われわれが原爆諸効果の完全な知識を入手するためにはまたとない広さを持っていたからである。この点、広島のほうはそれほど理想的とはいえなかった。目標委員会の全員が、京都こそは日本のもっとも重要な軍事目標の一つだときめていたように、私もまたそれをきわめて強く感じていた。したがって、その後も機会あるごとに私は京都を目標に包含するよう力説してやまなかった」
(中略)
資料204「スチムソン日記(抄)」には、昭和20年7月24日付けで次の記述がある。
「S-1計画について、さらにひと言ふた言話し合ったが、私は大統領に対し、提案されている目標のなかの一つを除外すべきであると私が考える理由を再び述べた。大統領は、この問題について大統領自身の賛成の考えを、この上なく力をこめて繰り返し述べた。私が、もし除外しない場合には、そのようなむちゃな行為は反感を招き、戦後、長期にわたってその地域で日本人に、ロシア人に対してではなく、むしろわれわれに対して友好的な感情をもたせることが不可能になるのではないか、と提言したところ、大統領は、とくに力をこめてこれに賛同した」
スチムソンのきわめて政治的な配慮によって、京都は救われたのである。彼の言うように、天皇に関係の深い、古くからの都を原爆で破壊すれば、日本人の怒りは広島以上に根強く残り、その後の占領政策や日米関係に少なからぬ影響を与えたかもしれない。
7月24日の時点で、残された原爆投下目標は、広島、小倉、新潟、長崎であった。同日付けの資料221「一般参謀部J.N.ストーン大佐からH.H.アーノルド陸軍航空隊総司令官にあてた覚書」には、次のように記されている。
------------------<引用開始>
b 広島、小倉、新潟および長崎が目標として選ばれている。
(1)広島(人口35万)は、「陸軍」の都市で、主要船積み港である。大規模な兵站・補給施設や、かなりの規模の工業といくつかの小規模な造船所がある。
(2)長崎(人口21万)は、九州の海運・工業の中心地である。
(3)小倉(人口17万8000)には、最大の陸軍兵器廠・軍需品工場の一つがあり、九州で最大の鉄道工場がある。また、南方に大規模な軍需物資保管施設がある。
(4)新潟(人口15万)は、工作機械、ディーゼルエンジン等を製造する重要工業都市であり、本州にとっての主要海運港である。
c 四市いずれにも、破壊された大都市から避難してきた日本の重要な実業家や政治家が多数いると考えられる。
------------------<引用終了>
という訳で、一緒に引き続き勉強。
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白い京都に雨が降るではなく、原爆が降るでした。
渚 ゆう子 京都の恋
コメント
さすがは朝日新聞!
戦前、戦中、戦後といい仕事をしている。
戦前、戦中、戦後といい仕事をしている。
Posted by
ftkst
at 2008年08月08日 10:47
うーん原爆投下予定のところは空襲しないで飼い殺し
とは・・・余裕なのかそれとも鬼畜の所業なのか?
でも小倉に落ちてたら我が母校は原爆で吹っ飛んでた
んですよね・・・そういえば小倉に空襲の話は聞いたこと
がないな、製鉄所あるのにと思ったらこれが真相でしたか。
そういえば金沢とかもあんまり空襲にあってないみたいだけ
どなんでかな?
あとあまり関係ないけど子供のころ博多にいてトラウマに
なったのは冷泉公園の福岡大空襲のモニュメントと
RKBの夜9:00だか10:00ごろにある天気予報の
パイプオルガンで始まるBGMだった。
(いまでもあるのかな?)
とは・・・余裕なのかそれとも鬼畜の所業なのか?
でも小倉に落ちてたら我が母校は原爆で吹っ飛んでた
んですよね・・・そういえば小倉に空襲の話は聞いたこと
がないな、製鉄所あるのにと思ったらこれが真相でしたか。
そういえば金沢とかもあんまり空襲にあってないみたいだけ
どなんでかな?
あとあまり関係ないけど子供のころ博多にいてトラウマに
なったのは冷泉公園の福岡大空襲のモニュメントと
RKBの夜9:00だか10:00ごろにある天気予報の
パイプオルガンで始まるBGMだった。
(いまでもあるのかな?)
Posted by
ブラックボックステスター
at 2008年08月11日 00:36








